ごきげんよう☺️katoshiのへっぽこ参拝記でございます。

以前より、来たくて来たくてたまらなかった、念願の赤間神宮にやって参りました。

宝塚水天宮(伊和志津神社内)、神戸水天宮(神戸市長田区)、一ノ谷の安徳天皇内裏跡にある安徳宮には参拝して、ご挨拶はさせて頂いてましたが、桜井識子さんも仰る様に、御本人がおいでになると言われている、下関の赤間神宮に足を運んだのは、初めてです。

竜宮城の様な外観ですが、現在の社殿は第二次世界大戦で焼失した為に、1965年に新たに建てられたものだそうです。

ふと、どこかに焼失前の写真ないかなぁ💦と思って探してみると、ありましたけど、著作権を侵害してはいけません故に、申し訳ありませんが、お載せはできませんのです😰💦

けどね、検索したら、直ぐに出て参りますよ☝️😌

現在の社殿とは似ても似つかないけれど、昔の社殿も私は好きです。

当時の方々が懸命に考えて、神の為にと、良かれと思い建てたんですから、悪いも良いもありませんよね😌
赤間神宮の正面玄関口、つまりど真ん前が
関門海峡😌後世になり、源平合戦と言われた海域で、(古戦場跡は、赤間神宮から、約徒歩で20分位の所です)真正面から見渡せると言うのが、何とも…😑
長きに渡り、沈んだ一門の人々、地域の人々を見守ってられるのですね😌

源平とは言うものの、ニ氏だけの戦では無くて、私流に言えば、ごちゃ混ぜ……彼ら以外にも、多くの武士達が入り乱れての戦で、平氏の政に不平不満爆発したのが発端ではあるのですけど、治承・寿永の乱と、近年では言うそうな🤔
  
大変お恥ずかしい話しですが、本格的に調べるまでは、治承・寿永の乱と言われるとか、後白河法皇の皇子である、以仁王が挙兵して、始まったとか、詳しくは知りませんでした。

戦も、壇ノ浦だけでなく、神戸の一ノ谷、富山の倶利伽羅峠で……等々、沢山あるので、私はなんておバカだったんだろう(눈‸눈)💦💦、何も知らなかったんだなぁ😰と、情けなさを再認識したんですけどね。



すみません、左端が少し切れてしまいました😱💦
境内社も含めますと、かなり広いですね😳
桜井識子さんが直接、安徳天皇とお話しされた時に、
『人々に恩返しがしたい』と、仰ったそうです。

 幼くして入水され、人々がお可哀想に…、なんてお気の毒な方でしょう…と、哀れんだり、お参りしてくれたりした事が、とても嬉しかったからだとか。

源氏の子孫だの、平氏の子孫だの関係なく、願いを叶えようとお勤めされてるそうですよ🤗

かく言う私katoshiは、父より『先祖?坊さんやったで。』そうなんで、両氏とも、悲しいかな😅何にも関わりございません😗

ちなみに、識子さんの目には、5歳くらいの、おかっぱ頭の、とても可愛らしい男の子に映ったそうです😊ニコニコしてらしたとか。

時期が11月下旬でしたので、紅葉🍁がね、綺麗でした。

こんな感じで、まさに目の前が🌊海!です。

当時はどんな光景が見られたのでしょうか🤔

およそ、850年も前なんで、見当も付かないなぁ…💦

今の時代、ネットや参考書等豊富にあるので、調べようと思えば、いくらでも調べられるので、何て幸せな時代に生まれたのだろう?☺️と、思うのですが………
かなり、捻くれ者なものでして、有り難くて、飛び上がる程嬉しいのは山々。

でも、肉眼で見たかった!自らの👁でみてこそ…!との思いが、あちこちで私の邪魔をするのがね💦困るのであります😑💦

のび太が、羨ましいな(笑)😁


続きますね。

いつも訪問して下さる方、はじめましての方、チラ見の方、どの様な形であれ、訪れて頂くのは有り難いです🤗
本当に有難うございます❤️

一気に寒くなりましたが、どうぞ、お身体にはお気をつけ下さいね☺️