おはようございます!シュンタです。
ウイニングさんの記事でこちらの記事を知りまして、私見を述べたいと思います。
「ソフト教育虐待の源泉」という言葉の意味
重本先生の「ソフト教育虐待の源泉」というタイトルには、深い警鐘が込められている。
「ソフト教育虐待」とは、怒鳴る・叩くといった“ハード”な暴力ではなく、
善意や教育熱心さゆえに、子どもに過剰な負荷を与えてしまう行為のことだ。
「もっと先へ進ませなければ!」
「遅れてはいけない!」
という焦りが、無自覚のうちに子どもを苦しめることがある。
重本先生は、その源泉を大人の焦燥や比較意識の中に見ている。
私はこの考えに強く賛同する。
教育熱は尊いが、愛情とプレッシャーの境界は非常にあいまいであり、
誤れば“静かな暴力”になり得る、ということだろう。
ただし一方で、先取りそのものをすべて否定する必要はなく、むしろ私は、先取りは「凡人が不利を補うための唯一の戦略」だと考えている。
実際、私自身も、息子たちにはこれまで先取りを多くしてきたし、今もしている。
以下、今回は先取りのプラスとマイナスについて述べたい。
先取りの効果①:理解の定着と学習の余裕
数学と英語は、早く触れるほど理解が深まりやすい。中高一貫校では、おおむね1年先の内容を扱う学校が多いようだ。(ただし灘は中1で中学数学を終えると聞いた)
公立中の生徒も都立上位校や私立難関校を目指すなら、主に長期休み等を活用して先取りを進れば恩恵を受けやすい。少し先の範囲を塾や自学で学んでおけば、学校の授業が“復習”となり、理解が定着するからだ。
実際、私の息子も公立中だが、これまでこの形で学習してきており、授業では余裕をもって内容を整理できている。
先取りの効果②:凡人のための戦略として
私は、先取りは灘のように「才能のある子をさらに伸ばす」ための側面もあるが、同時に、「凡人が不利を補うための知的装備」でもあると思っている。
理解や処理速度で劣る子ほど、早めに学習に触れ、反復の時間を確保することが大きな助けになるからだ。(九九などもそう)
つまり先取りとは、「加速装置」であると同時に、「凡人でも安心して走るための準備装置」である側面が大きい。
中学受験でもこの考え方は同じで、
学習内容が小学校範囲を超える中で、早めに触れ、見通しを持つことが“焦らない学び”へとつながる。
長男が日能研時代、算数は授業を受ける前に、相当の予習をして臨ませていた。
そのおかげで長男は算数に自信を持つことができた。日能研の「予習はしないで臨ませてください」を完全無視していたが(笑)、
結果的にそれは正解だった。理由はここで述べている「先取りの効果3点」の通り。
※日能研時代の先取りについては過去記事に多数あります。
先取りの効果③:安心感と自己肯定感を支える
進度の速い学校では、理解が不十分なまま定期考査を迎えることがあると思う。
結果として点数が伸びず、それが続くと自己肯定感が下がるという負の連鎖が起きやすい。
一方、先取りで事前に基礎を固めておくことで、授業を安心して受けられる。
この“心の余裕”こそ、学びの持続を支える最大の要素だろうと思う。
次に、先取りのマイナス面についても述べたい。
先取りの危うさ①:速度が目的化するリスク
重本先生が仰る通り、先取りが「速く進むこと」そのものを目的にしてしまうと、途端に教育は歪む。
どんなに中高一貫校で速い進度で進めても、もし理解が追いつかないまま進めば、内容は定着せず、学びが形骸化する。
重本先生の言うように
速いカリキュラムに生徒を当てはめようとするのは暴走でしかない。
本来、先取りとは「子どもの理解を支える手段」であり、「比較や焦りから行う競走」ではないからだ。
例えるならば、
「マラソンランナーの全力疾走」
に似ている。
爆走することで一時の速さは見せられても、遠くまでは走れない。
息が上がり、足が止まり、
結果的には、あとから来た者に静かに抜かれていく。
学びも同じだ。
速さよりも、呼吸を整え、リズムを保ち、最後まで走り抜くこと――
それが本当の意味での“強さ”だと思う。
先取りの危うさ②:理解が追いつかないまま進む危険
中高一貫校でも、進度についていけず赤点を取る生徒がいるようだ。
私の友人のお子さんも、複数科目で赤字となり、現在留年の危機に直面しているらしい。なぜか友人の中ではそちらの方が多い。。
※ちなみに私の親族にも同様のケースが起きている。
また、学習進度に適応できないと、成績だけでなく、学習への意欲そのものが失われる。
理解が追いつかない先取りは、
子どもにとって“静かな負荷”になる。
ではどうすればよいか?
基礎の徹底と適度な先行
私は以前から書いているが、基礎を徹底したうえでの先取りこそが理想だと考えている。
難問は不要。
重要なのは、基礎の反復と理解の安定化である。
この方針は、息子が都立高校へ進学した後も変わらないだろう。
公立高校のカリキュラムに合わせていては、
大学入試で必要な数ⅢCまでが時間的に間に合わない。(私自身がそうだった)
したがって、英数を中心に学校より一歩先に基礎を固めておく。焦らず、確実に。
それが最も現実的で、再現性の高い学習法だと考える。
先取りは「焦り」ではなく「整えること」
先取りには確かな効果がある。
しかし、それは“速さ”の競争ではなく、理解を整えた上での戦略である。
まとめ
●まずは子どもの理解力と負荷を見極める
●英数を中心に、基礎を反復して安定させる
●難問よりも、理解と定着を優先する
●余裕を持って授業を受けられる環境を整える
これらを守れば、先取りは「焦り」ではなく「支え」になるのではないか?
教育の速さとは、
他者と比べた速さではなく、あくまでもその子に最適化された歩調である。
それを見誤らないことこそ、
子どもの学びと自信を守る最も確かな方法
だと私は思う。