おはようございます!シュンタです。


今日は、久々に「中学生の勉強に伴走するのは“悪”なのか?」問題。
(定期的に書いてる気がするが⋯よだれ


以下、私の考えです。
賛成意見も反対意見も受け止めます。
反論コメント、あればお願いします。

クローバー

さて、
昨日、ある方の記事を読んでドン引きしました。


職場で「うち、英検や定期テストにも伴走してるんですよ〜」と言ったら、こう返されたそうです。

「信じられない!中学生以降はほったらかしよーー!」
と激しく非難されたと。。



……出た、“ほったらかし信仰”。

あまりに強烈な反応に、その方も「もう本当のことは言わない」と心に決めたそうです。いやほんと、分かり合えないのが世の常…。



教育に「正解」はない

教育の方法や考え方は十人十色。なかなか分かり合えることは難しい。だからこそ、自分が信じるやり方を貫くのが良いと思います。



以下、あくまでも私の持論です。
ご容赦ください。





中学生以降に伴走するのは悪か?

中学生以降の子どもの教育に伴走するのは、決して“悪”ではありません。むしろ、"親だからできる尊い支援"です。と私は思っています。



では、なぜ「悪」のように言われるのか?



中学生ともなると、
「自立すべき」「手をかけすぎると依存する」「本人の問題でしょ」
という自立信仰みたいな空気が世間にはあるんですよね。


たしかに、親が子の代わりにすべてをやるのは違いますよ。でもそれと「伴走すること」は別の話かなー。



伴走とは、「押しつけ」ではなく「支え」


私が考える伴走って例えばこういうこと。

●定期テストの時、「計画立てた?」と声をかける
●英検前に一緒に過去問を見てみる
●この問題集、良さそうだよと提案する
●英単語の覚え方をアドバイスする
●ちょっと落ち込んでいたら、アイス片手に話を聞く
●将来について一緒に調べてみる


これって全部、「自立を支える関わり」じゃないですか?
“自立は孤独から生まれる”とは限りませんよ。むしろ、誰かの見守りがあるからこそ、自信を持って一人で立てるってこともある。



シュンタ流に言えば⋯


子どもが走っている横で、親はTシャツにゼッケンつけてタオル振って応援してる感じ。
「ペース落ちてきたな〜」と思ったらスポドリ渡して、でもゴールは子ども自身の足で走らせる。

それが伴走。と思っていますニコニコ




それにしても、腑に落ちないのが…

「中学生以降はほったらかしよーー!」って言いながら、塾には入れるのはOKなんですかね!?

だとしたら、「完全放置」ではないですよね?


たとえば武田塾のように、適切な問題集を選び、進捗管理し、小テストまでやってくれる塾。あれ、めちゃくちゃ素晴らしいシステムだと思います。

でも、それを親が自宅でやったら“過保護”扱いって……意味が分かりません。


むしろ、「うち、家庭内武田塾やってますけど、なにか?」って言いたい(笑)



中学生だって大人だって、誰かの伴走で頑張れる


部活にはコーチがいて、
仕事には上司やメンターがいて、
恋愛には親友が相談にのってくれる。
プロ野球にもコーチがいる。


なのに、なぜか「中学生の勉強」だけは
「一人でやるべき!」とされがちあせる


いやいやいや。
人は誰かと並走してこそ、道に迷わずに前に進めるんです。



この職場の方は、例えば中学野球で全国を目指すクラブチームの子らがコーチに教わるのも過保護だと笑うのでしょうか?「中学生からは人に頼るな、自分で考えてやれ!」って言うのかな?
あの、、ほとんど上達しませんよ(笑)



タイソンとカス・ダマトの師弟関係


ここで私の尊敬するマイク・タイソンの話をします。
ボクシング界の伝説・マイク・タイソンは、孤独と怒りを抱えた少年でした。


そんな彼を見出したのが、
名トレーナーのカス・ダマト




ダマトはただ技術を教えただけでなく、タイソンが「自分には価値がある」「自分はやれる」と思えるように、根拠なく“信じ続ける”ことを徹底しました。「お前は必ず世界一になれる!!」と伝え続けました。タイソンはダマトだけを心から信頼していました。


ダマトはこう語っています。


「恐れを乗り越えたとき、人は最大の力を発揮できる。そのために必要なのは、“信じてくれる誰か”の存在なんだ」


ダマトは生活を共にし、毎日語りかけ、心の奥底に眠るタイソンの“自信”を少しずつ呼び起こしました。その結果、タイソンはわずか20歳で世界ヘビー級王者になったのです。


で、ですね、、、
これが外の師匠なら認めるのに、実の親だったら鼻で笑うのですか?
▶意味が分かりません。


信頼関係があるならば、それが親であろうと、外の師匠であろうと関係ありません。


ちなみに、プロボクサーの井上尚弥選手のコーチは実の父。彼は父親のことを「越えられない存在」と語っています。




マイク・タイソンにも井上尚弥選手にも、絶大な信頼の置けるコーチがいました。



それに対して、
「タイソンも井上尚弥も、一人で考えて練習してないから全然ダメだわ〜」なんて、
世界中の誰も言いませんよね?(笑)



勉強も同じ。


子どもの勉強が心配になると、多くの親は塾に入れたり家庭教師をつけたりします。
仮に、定期テストの点数が300点→400点にアップしたとして、
「すごいね!」とは言われても、
「あの子、自分でやってないからダメだよ」なんて笑う人はいないはず。

ところが、それが親による伴走だと、
途端に批判される。


なぜか?

たぶん、「親がやる=感情が入りすぎて子どもをコントロールしがち」という懸念があるのでしょうね。


でもね、子どもの意思と信頼関係を大事にして関わるなら、それはコントロールではなく“共に歩むこと”になる。

外部の力ならOK、親ならダメというのは
あまりに短絡的です。



私シュンタ自身の話


私の両親は、子どもの勉強に一切関与しませんでした。それが当たり前の家庭でしたので、自分で計画を立て、実行していました。


中学生のときは真面目に勉強し、憧れのトップ高校に合格。でも、私にとっての最大のゴールは「◯◯高校に合格すること」だったんです。それだけ口笛


結果、入学後は遊びまくり、モチベーションも一気に低下。周囲のレベルにも圧倒され、成績は低迷…。


高3になり、友達が使っている問題集を真似してやるも、基礎がないから自分には全然合ってない。まさに迷走⋯。
どうしたらいいか、本当に分かりませんでしたあせるあせる


今思うと、あのとき、もし武田塾のように適切に伴走してくれる塾や、「入学後が本当のスタートだよ」と丁寧に導いてくれる学習コーチがいたら、少しは違った結果になっていたかもしれません。そのような思いは今もあります。


部活もそう。
「学生時代、青学大の原晋監督のような一生の師と思えるような方に出会いたかったなぁ。」と言う憧れは今もどこかにあります。


だから今、息子たちに色々な導きをしてやりたいという反動はあるかもしれません。
私のような思いをさせたくないと⋯。

それが外の師匠か、家庭教師か、親か?
私には、それは関係ないと思えます。

クローバー


親が伴走してるってだけで鼻で笑う人がいたら、その人に「うちはうち、そっちはそっちですんで」って心の中で敬礼しておきましょう。

「自立=放置ではないですよね」
と言いたい。


話は変わりますが、、
私が懸念するのは、中学受験のこと。
合格するまでは親がめちゃくちゃ伴走するが、入学後は一気に手を離すパターン。


これ、これまではカーナビもあって、助手席には親が座って「あっちへ行こう」「そこは気をつけて」など指示してきたけど、入学後から「ここからはあなた一人で行きなさいね。自分で考えることが大事よー!」と言ってカーナビも親も外れるのに似てます。

それでできる子はいいんですけどねウインク
できる子は!
大半は、なかなか難しいのではないでしょうか?もし低迷しているなら、再度カーナビを付けるか助手席に座ったほうがよいです。手遅れになる前に。
躾と同じで、ある程度は一緒に走り、徐々に手を離すのが宜しいかと思います。



最後に


娘さんを思って、
勉強に伴走して、
ときに悩んで、心折れそうになって、
それでもまた立ち上がって…。

その姿勢、まぶしいくらい素敵です。

誰に共感されなくても、誰に理解されなくても、子どもの未来を思ってやってることなら、堂々と続ければいい。

信じて支えることは過保護ではない。
親だって最高のコーチになれます。


シュンタは今日も伴走します。

「お父さん、ちょっと黙ってて」と言われながらも(笑)それでも、ゴールを目指してまだまだ隣を走るつもり。


いずれ、息子たちが自分の学習方法を確立できると信じて⋯ウインク


こちら良かったら見てください。②もあります。大切なことが語られていますよ。ママさん達もぜひ見てねーー!(15分)

https://youtu.be/yTHfEA5wUys?si=XVOvAgb_kSOBEes8




ちなみに⋯
世界5階級制覇王者50戦50勝無敗✨️フロイド・メイウェザーコーチも実父だそうです。