結構大きい傷を
歯で作ってしまったから
どうしても熱は出るよ
仕方ない
私失礼だけど
こちらに書かれていること
全面的に信用していたり
ということではないんで
しかしいつも目を通しております
今度3度目のリニューアル 冒頭で
日本の歴史家が
見落としているとても重大な出来事ね
関東地方には
東京湾以外にも
大きな湾がもう一つ
というより瀬戸内海のような内海が
千葉から茨城に そして栃木県あたりまで
存在していて
例えば信じがたい話だけど
いや現在の 土地を見ていると
ありえないことのように思うけどね
なんと
筑波山の麓まで
海だったんですよ
それもつい数百年前まで
家康が江戸開府を考える
つい100年くらい前まで
関東はそういうところだったんです
鹿島神宮と香取神宮は直線距離にしたら
本当にわずかしかありません
しかし海をまたがないと
いけなかったんですよ
しかも古代から色々な事情で
何らかの霊的な中枢があると
考えられていたから
神宮神社を二つも建てたんです
ごくわずかな距離の間にね
私事ながら先祖は
熊野出身の サムライで
平安初期に北面の武士の務めの最中
大江広元の先祖の世話になった
でずっと ファミリーのガードマン を
やっていた
当然海賊に顔が利く
だから 平将門からも
藤原純友からもスカウトがあったそうです
しかし断った
後に大江ひろもとが出て
源頼朝にスカウトされ
引付衆やら評定衆やら
鎌倉幕府の職制を作り
鎌倉幕府の重要 閣僚 になった
この時に先祖もついて行っている
大江広元から 後に
公家が武士になって
それが毛利元就の先祖
元寇の時に西に下って
土地勘がついていたから
西日本に行ったらしいんだけど
もちろん引っ張り込んだのは我が先祖
関東を治めるのに
海賊の力が必要だったことは間違いなく
案外先祖は 香取の海で暴れていた
そんなこと考えてますが