日本時間では29日の朝だったけど
現地ではまだ28日だろ?
それって第二次世界大戦・独ソ戦争
最初のヤマ『スターリングラード戦い』
開始日だったんだ
翌年の2月に終わった
連合軍がわ特にアメリカは
1944年6月6日
『ノルマンディー上陸』作戦を
『史上最大の作戦』だなんて言っているが
とんでもない
ナチスドイツの陸上戦力のほとんどは
ソ連が引き受けたんだね
史上最強の戦車『ティーガー1』
元々高射砲向けに作られた
強力な砲を積んでいる
水平射撃でも2000 M 届く
連合軍側戦車のほぼ2倍
しかもとりわけ
前面装甲は極端に強く
連合軍側の戦車砲撃では歯が立たない
無敵戦車もいいところ
元々ヒトラーの謀略に騙され
スターリンはソ連将校を大量に殺した
だからソ連軍の戦力
ものすごく落ちていた
そこへ不可侵条約を破って
一方的に攻め込んできた
どうにもならなかった
東京大空襲や広島長崎の原爆に
匹敵するだけの犠牲者が
毎日出続けていたんだよね
最初の半年間ぐらいは
毎日毎日10万単位で人が死ぬって
どんな感じだろうね
独ソ戦はそういう戦い
最終的にソ連側は
2000万人以上の人間が死んだ
うち半分は最初の半年間くらいで
死んでいるんだ
もちろんヒトラーとドイツも悪いが
こういうことを許してしまった
スターリンにも重大な責任があった
赤軍に君臨したヴォロシーロフに
そのことを責められたスターリンは
引きこもって2週間くらい
出てこようとしなかったという
ヒトラードイツ軍は大雑把に
次のような戦略を考えていた
最終目標は枢軸国側の
ユーラシアアフリカ完全制覇
彼らはユーラシアとアフリカを合わせて
『ユーラフリカ』と言っていた
まず東方の巨大な劣等民族
ロシア人を皆殺しにする
奴隷にするか皆殺し
最初からそう決めていた
人間とみなしていなかったんだ
ユダヤ人と同じようにね
『ウンターメンシュ』
ドイツは子供まではっきり
そういうことを言っていた
攻めて降伏させる
そういう戦争じゃないんだ
皆殺しのための戦争だ
だからあれだけ殺しまくったんだよ
ともかくロシア人を皆殺しにして
ロシアは全部シベリアまで征服
インドを征服した日本軍が
アフガニスタンを超えて
ユーラシア中央部まで進出
そしてロンメルのアフリカ軍団が
エジプトでイギリス軍を撃破
バグダッドのドイツシンパ政権と合流
東方最大のロシア人の基地
スターリングラードを征服した後
ドイツ軍は一気に南下
バクー油田を制圧し
インドアフガンから来る日本陸軍と
及びバグダッドから北に攻め登ってくる
ロンメル軍団と合流する
アラビア半島とイラン
枢軸国側が制圧したところでゲームセット
これで世界の油田地帯のほとんどは
ドイツと日本とイタリアが
押さえたことになる
イギリスのチャーチル政権は
ここで崩壊する
アメリカは再び大西洋の向こうの
地方勢力に転落し
世界はヒトラーのものになる
今見ると誇大妄想狂的に見えるけれど
当時は実現寸前までいった
あの時ヒトラーは現実に
世界を征服しかけていたんだよ
もしミッドウェーで日本が負けず
エルアラメインでモントゴメリーが
ロンメルをやっつけなければ
1942年から3年にかけて
おそらく世界はヒトラーのものに
なっただろう
そしてもう一つ
これを止めた最大の戦いが
『スターリングラードの戦い』だった
文字通り一瀉千里で
ドイツ機甲師団は東に向かってきた
スターリングラード攻略に当たったのは
ドイツ陸軍最強第6軍
西ヨーロッパを征服し
パリを占領した軍隊だ
しかも兵員は鉄道を使って東まで
輸送されるからそれほど
疲れていない
42年8月には
スターリングラード包囲網完成
陥落は時間の問題と考えられていた
スターリングラードが陥落すれば
後は南に向かっていくだけ
もうドイツ軍をさえぎるものは何もなくなる
しかしここで司令官パウルス
致命的な誤りを犯してしまう
スターリングラードの市街地に
突入してしまったんだ
戦車部隊ごとね
戦車は大砲を積んでいる
あれは広いところでこそ意味がある
しかしアパートやビルの谷間に
入ってみると
上に向かって撃つしかない
ビルには命がけのパルチザンや兵隊がいる
戦車は前面は強いけれど
上はあまり強くない
そこを攻撃されると弱かった
そんなこんなで戦線は膠着
やがて補強された
ソ連軍に押されるようになる
ドイツ軍も助けようと
必死に援軍送ったが
真冬に入って補給線が絶たれ絶望的になる
壕でベルリンと通信するパウルスに
ヒトラーは元帥称号を与え
撤退を認めず自決あるのみと
鼓舞しようとしたが無駄だった
翌年2月に結局降参
戦争は殴り合いに似ている
リーチが伸びきった瞬間が一番危険なんだ
ボクシングでもそういう瞬間は危険でしょ?
スターリングラード攻防戦は
まさにそういう時だった
ドイツ軍の補給線は
限界ギリギリまで伸びていた
ロシアは広いから
それを断ち切るのは
それほど難しいことじゃない
逆にドイツがそれを守るのは至難の技
ドイツ軍は
飢えと病気と寒さに苦しむことに
最初は27万人以上いた
しかし半年以上の激闘で激減
パウルスが降伏文書に調印した時には
9万人以下になっていた
しかも捕虜になったドイツ軍
全員シベリアまで歩かされたんだ
ユーラシア大陸の真ん中から
シベリアまで歩かされたんだぜ?
もうその時は
ひどいものだったらしい
上官はそれみたことかと
下士官や兵士に殴り殺されたり
普通にあって
しかもチフスが流行
オオカミは出没するし
動けなくなったらその場で射殺
シベリアに着いた頃には
3万人以下になっていた
それから10年以上の強制労働
ドイツに生還できたのは
7000?5000人足らず?
30万近くで攻め込んで
生きていたのは7000とか
現地では今でも遺骨収集が
スターリングラード一箇所で
100万人ゆうに越してるからね
テレビ番組で見たことがある
集めきれないくらいのドクロが
ビニール袋に入ってたよ
普通の国ならこれが致命傷になる
ところがドイツは強かった
それでも体勢を立て直し
翌年にはソ連軍と最後の激闘
『クルスクの戦い』
1943年7月から2ヶ月
人類史上最大の戦いは
掛け値なしにこの戦争だ
ドイツ軍
実質100万対ソ連軍200万
みたいな戦いだよ
これだけの戦いってあるかい?
ドイツではツィタデレ作戦と
両方合わせて何万兩?
スターリンの粛清で
伝統的なロシア貴族の将軍はいなくなった
代わりに農民出身の有能な
ジューコフみたいなやつがきた
元々百姓だから
百姓的な発想して戦争をやる
ドイツの戦車は優秀だけど重たい
後退ギアの出来があまり良くなかった
だから前のめりに穴に入ってしまうと
バックして抜けられない
そこでジューコフ元帥
3歳以上から年寄りまで
集まれる国民は全員招集
ドイツ戦車が越えられないだけの
溝・ミゾを掘らせたんだ
国民総出で落とし穴掘り
巨大な溝だ
クルスクはその面積だけでも
イングランドの半分ぐらいの広さだ
とんでもない広さだぞ
そこにドイツ戦車が越えられない溝を掘る
万里の長城とほぼ同じ長さだそうだ
子供から年寄りまで
総出で掘らせた
いかにも百姓的なやり方だよね
ロシア人貴族だったら
発想すらしないかもだよ
しかしこれがものを言ったんだな
サッカー見てわかるけど
戦争の基本は相手の脚を止めること
旧ソ連は
恐ろしく泥臭いやり方で
それをやったんだ
相手の総大将は
おそらく人類史上最強の将軍
マンシュタイン元帥だったけどね
おそらく世界最終戦争が起こるまで
これに匹敵する戦は起きないと思うよ
プーチンが作らせた会場を見てると
なんでこんな所でやらせるのか?
ってのが多いよね
ボルゴグラードは
旧スターリングラードだ
要するにそれを見せたかった
ロシアすごいといいたかったんだろう
カザンもそうだよ
1437年頃から16世紀の後半まで
モスクワ大公国vsカザンハン国
『カザン戦争』
旧キプチャクハン国の後継国家
つまりロシアを征服支配した
モンゴルタタール系民族が
立てこもっていた
最後の場所がカザンだ
最後の戦いはイワン雷帝がやった
大きな山にほら穴を掘りまくって
そこに立てこもる
イスラムタタールは山要塞を作っていた
イワン雷帝はその下に坑道を掘らせ
ありったけの火薬を爆発させ
山そのものを崩してしまった
生き埋めの犠牲者は数万人
大量の捕虜を捕まえたイワン雷帝
それを毎日火薬樽で吹っ飛ばし
楽しそうに見物しながら
酒を飲みメシを食っていたという
ロシア人にとっては
屈辱の歴史を終わらせた
記念すべき場所なんだろう
ワールドカップは
イスラム教徒もたくさん来るだろうに
わざわざそんなことをやるのが
『プーチン流』なんだよ
エカテリンブルグ
文字通りドイツ人のロシア皇帝王妃から
ロシアの女帝エカテリーナになった
あの女が作らせた街
女帝エカチェリーナはドイツ人だからね
しかも派手に男遊びを
旦那の子は
つまりロマノフ王朝の正統後継者
産んでいないんじゃないか?
ロマノフ王朝は血統から言うと
実はあの時に絶えていたんではないか?
と考えている人が多い
後に戦艦の名前になり
あの有名な映画の名前にもなった
将軍ポチョムキン
女帝エカテリーナの愛人だった
リムスキー・コルサコフという
男前の小貴族がいて
彼も愛人だった
その末裔から
あの大作曲家が出てるわけだ
あの作曲家の先祖はそういう人だ
カリーニングラードも会場なんだ
元々ドイツでもロシアでもないよね
しかし長いこと東プロイセンと言って
ドイツの飛び地だった
ドイツ騎士団が
頑張って征服したからそうなった
しただけじゃなくて
い着くだけでも
暮らしていくだけでも
大変な場所だったはずだ
なにせまともに農業ができない
場所だったからね
よく生きていたもんだよ
はっきり言っとくけど
ドイツ人もロシア人も
日本人よりはそういう根性
めちゃくちゃある連中だと思うぞ
本来なら開拓不可能なような土地に
へばりついて
千年間生きてきてるんだからね
それに比べれば日本はラクだよ
カリーニングラード
ここはある有名人と一緒に
記憶されている場所だ
ドイツの大哲学者:エマヌエル・カントだ
理性批判三部作は全てここで
というよりカントという人
ここカリーニングラードから
出たことがない人だったんだ
恐ろしく規則正しい生活を送り
散歩道に現れる時刻も
分秒タガワズだったという
ここの住民は
カント先生を見て
時計を直したと言うからね
独ソ戦争の結果
現在は当然ロシア領のままだ
要するにプーチン
ドイツに返す考えなんかないよ
と言いたいんだ
カリーニングラードは未来永劫
ロシアのものだと
誰も言わないが
明らかな政治利用だよな
韓国が竹島でワールドカップ
やるようなものだよ