狂躁亭短信・消えた『Nスペ』1708261100 | おととひの世界

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リンクも始めましたよ

悪い番組じゃないと思うんだけどね
旧ソ連邦崩壊とうじ
nhkスペシャル

『   革命に消えた絵画  』

普通これだけ力を入れて取材した番組
だいたいソフトにして
売ってるんだけどさ
それがないんだよね

ところがなぜか youtube 
全編アップされている
どうも取材内容自体に
嘘があるのではないか?みたいなこと
言ってた評論家が
だいぶいたんだよね

音楽の教科書にある
ボサボサ頭のガウンを着た
ムソルグスキーのポートレートね

レーピンという
ロシアの有名な肖像画家によるもの
ロシアの陸軍病院に会見に行った時に

ムソルグスキー死の数日前の肖像画
レーピンが会見したとき

ムソルグスキーはすでに
精神崩壊が進んだ
廃人だったんだ

ムソルグスキーは
40代半ばで『廃人』として死んだ

ムソルグスキー30歳頃の頃のオペラ
『ボリス・ゴドゥノフ』とかさ
私はロシア系のじゃなくて
ゲルギエフとマリインスキーオペラみたいな
最初に見たのは
クラウディオ・アバドさん
そしてウィーンフィルなんですよ


原典版を全編舞台で見たのは
1994年ウィーン国立歌劇場
オール引っ越し公演の時なんで

あの年ウィーン国立歌劇場の
舞台装置の倉庫が大改修になって

大きい装置が中に
置いとけなくなったんだよ

そんじゃその頃外に持ってって
稼いできてもらうじゃんってことで

当時まだカネがあることになっていた
日本に来たわけだ

当時はまだネットがない
通信販売でこういう電話予約を
バチっと何回もかけられるという
マシーンをわざわざ買って
1秒間に10回ぐらい電話かけられる機械

オール s 席4公演通し券
と言うのを買ったよ
20万円以上したよ
それでも現地に行ってみるよりは安いし
切符は確実に取れるからね

郵便貯金ガキの頃からの
貯金全部はたいたね

アバド指揮『フィガロの結婚』
アバド指揮『ボリス・ゴドゥノフ』
カルロス・クライバー指揮
                     『ばらの騎士』
あと名前忘れちゃった指揮者
                        『こうもり』

一番話題になったのは
カルロス・クライバーだったよね
皇太子ご夫妻がご覧になってました

でも『ボリス・ゴドゥノフ』に
一番私的には感動したわけです
しかもアバドは原典版
それまで馴染まれていた
リムスキーコルサコフ編曲版じゃなくて

オクスフォード大学の音楽学者
ロイド・ジョーンズ原典版
旗振りをやったのが
クラウディオ・アバドさんだったわけね
ロシアよりも早かった

しかも原典版の舞台演出が
ななんと

あのアンドレイ・タルコフスキー
だったんですよ
言うまでもないだろうけど
『惑星ソラリス』のあの人ですよ

確かにちょっと映画ぽかったね
ちょっと膝がガクガクするぐらい
感動したもんね
俺そういうこともないだろうと
思ってたんでびっくりした

この公演だけは
当日券が手に入ったんでもう一度見た
確か小泉純一郎さんがいたと思うよ
目の前に
nhkホールだったけど

その頃まだ再放送やっていて
『革命に消えた絵画』という
 nhkスペシャル見たわけだ

内容のどこに問題があったのか?
よくわからない
事実誤認か或いは
作り話があったのかもしれない

『展覧会の絵』
番組の中ではガルトマンと言ってたけど
今違う呼び方だな

役人をやりながら作曲をやってる
日曜作曲家だった
ムソルグスキー

その親友が絵描きのガルトマンだった
とても快活な笑わせ屋だった
しかしムソルグスキーとは
目指す方向が似てて
ウマがあったんだ
ある日その画家ガルトマン

気分が悪くなってうずくまった
いや大丈夫だと笑ったんで
ムソルグスキーは気にもしなかった

数日後に急死してしまった
数少ない芸術の理解者としての親友を失った
ムソルグスキーは後悔した

どうしてあの時
医者に連れて行かなかったんだろう?
なんてことをしたんだオレは!!


画家ガルトマンの回顧展が
一つ一つの絵を食い入るように見つめた
ムソルグスキーはその感銘を胸に
2日か3日徹夜して一気に音楽にした

それが『展覧会の絵』だ
ロシアの画家と言うと
暗く重苦しいものかと思ったら
ガルトマンの絵はそうじゃない

とても明るいファンキーな絵なんだ
それがソ連の崩壊のころに
偶然現れた

nhkスペシャルはその絵を
全部見せていたよ
あれが偽物だったのかな?
『リモージュの市場』とか

フランスの市場の朝
いいで物の取り合いで
おばちゃんが喧嘩してる絵だ
フランス革命後の話だし
どうしたって人はいきいきしている

ムソルグスキーはそれを見て
おそらくがガルトマンもそれを見て

ロシアの重苦しい人たちが
こんなに生き生きと明るい表情で
生活するようになる日が

来るんだろうか?
そう思ったんだ

有名な最終曲『キエフの大門』
ガルトマンの直接の設計図と言うか
コンセプトアートが音楽になっている

『古い城』
ロシアの民謡ではない
聞けばすぐわかるがこれはユダヤ人の音楽だ
ムソルグスキーの周辺に
そういうものを紹介してくれる
誰かがいたんだ

そして最大の問題作
『ビィドロ』

ロシアの牛車のことだ
そういうことにしておこうと思うと
ムソルグスキーは言った

ところが元の絵はそうじゃなかった
殺されていく死刑囚の絵だった
ポーランド大反乱

ロシアに併合されていた
ポーランドで起きた最後の大反乱だ
その政治犯が次々に殺されていく
その絵だったんだ

そういう絵を発表すること自体
政治犯になって
シベリア送りになりかねない
そういう世の中だった

ガルトマンはそれを絵にした
ムソルグスキーは音楽で表現した

ロシア人にとって
ポーランド人は憎むべき異邦人だ
『ボリス・ゴドゥノフ』の中では
ポーランド人がその様に描かれている

少なくとも歴史上一度
ロシアを滅ぼしたことがある国だ
ロシア人はそれを忘れていない

日本人のような傍目から見れば

なぜあんな酷いことが出来るのだろう?
と思うくらいひどいことを
やっているから

ショパンの音楽もそういう文脈だ
しかしそれはイギリスなどが
いい立てていることで
ポーランド側からしかものを見ていない
イギリスはロシアの敵で
あり続けたからね

ロシアからすると彼らは
つまりポーランド人は
叩きのめしてふんづけとくぐらいで
丁度いいぐらいのつもりでいる

良いこととは思わんがね
彼らの世界観では
周りは全部敵なんだ


バルト三国はその時調子に乗って
ロシアに攻めてきているんだ

徳川家康が江戸幕府を作ったころ
ボリス・ゴドゥノフという
モンゴル人混血児の皇帝がいた

イワン雷帝の武装親衛隊
『オプリーチニキ』
ナチスのワッフェンSS
みたいなもんだな

首切り斧を振り回して
皇帝の敵を問答無用で皆殺しにする

日本語では『イワン雷帝』
英語では   『  Ivan  the  Terrible  』
直訳すれば『  恐怖王 ・ イワン 』

常に周りを鬱陶しそうな眼で見ている
イワンの視線の先が止まる
イワンが目をつぶって首をかしげる

『   余が見ている男を殺せ!』
   ということだったんだ

タタール人捕虜を常に捕まえていて
そいつを火薬樽で吹っ飛ばすところを
見物しながら

酒を飲んで昼飯を食っている時が
一番上機嫌だったと言う

やってられないよこんな男

ロシアの暴君ってのはこんなもんだよ
こんなのに比べたら織田信長なんて
全くマトモな人間だよね

イワンが27歳の時
最初の妻アナスタシアが殺された
大貴族による毒殺は明らかだ

その辺りで気が狂ったらしい
大貴族は全て敵

気に入らない奴は皆殺し

それでも長生き出来たってのが
ロシアなんだね

ちなみにアナスタシアの実家が
筆頭格の大貴族・ロマノフ家だ
後にロマノフ朝ができたのは
そういうつながりだ

大貴族は気まぐれで殺されたくないから
東に開発に出かけた
だからシベリア開発が進んだんだ


ボリス・ゴドゥノフは
オプリーチニキのリーダーとして
イワン雷帝に取り立てられ

こんな男に気に入られるというのは
よほどのやつだったんだろう

現在の fsb・かつてのKGBの前身
泣く子も黙るロシア秘密警察
『 オフラナ 』を創設し
その組織を整備した男
旧モンゴル帝国情報組織が
モデルにされている

イワンの白痴の息子
フョードルの摂政として
やがては皇帝にまで上り詰めた

しかし当たり前だが妬まれた

彼はイエズス会とポーランド王族と
守旧派ロシア貴族の陰謀にハメられて
八方塞がりになり
狂い死にした

そしてロシアはポーランドに占領され
地図から一度消えて無くなった
ポーランド人を追い出して建てられたのは
ロマノフ王朝ロシアだ

ムソルグスキーは
強烈なロシアナショナリストだったので
その点ではドストエフスキーに
立ち場は近い人だけど

ガルトマンが描いていた

万感の無念を抱いて殺されていく
ポーランド人には
同情を禁じ得なかった

確かに恨みがましい
悲しい音楽だよね
『ビィドロ』

この話はロシア人の間では
ある程度知られていた話
だったみたいだな

1991年8月の終わり
旧ソ連どころか全世界を震撼させた
大事件が起きた

旧ソ連軍がクーデターを起こした
ゴルバチョフ大統領は軟禁されて
行方不明になった
落ち目とは言え核大国だよ
核保有国の中でクーデターが起きたんだ

cnn は24時間
クーデター実況放送やってたね
街の中でガンガン弾丸が飛んでるの見て
びっくりしたよ

暗いところでピストルとか機関銃を撃つと
弾の光跡が見えるっての
あの時初めて知った
跳弾して火花が散ったりね

平素見ているハリウッド映画が
いかに嘘話かと言うのが
よくわかったね

あの時大活躍したのは
まあボリス・エリツィンと
大チェリスト
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ
この人ウクライナ人だと思うぞ

それから水爆の父
アンドレイ・サハロフの未亡人だった

サハロフ未亡人の演説
『   我々は何時まで
    ビィドロでいて良いのか?
      一生ビィドロなのか?』

確か番組内で紹介されてたよ
もちろんあの展覧会の絵の
あれの事言ってるんだ

ただの牽かれていく牛
屠殺されるのを待っているウシ

ロシア人はいったいいつまで
そういう立場に
甘んじているつもりなんだ?


サハロフ夫人がそういうと
えらく盛り上がってたぞ

まあ大体そんな内容だった
あの内容のドコに
まずいところがあるんだろう?

見ていてわざとらしいとも
悪い番組とも思わなかった
興味のある向きは
 youtube でご覧になってください