ウィンストン・スペンサー
・ チャーチル(1874~1965)
英雄か?はたまた20世紀最大の悪人か?
まー公平にみてその両方でしょうね。
よくいわれるように
独特の愛嬌があったけど
あの ブルドッグみたいな顔と
相まって 憎まれ口も随分だったから
心底嫌っている人も多かった。
大成功の後必ず大失敗する人、
これまたとても射手座的ですよ。
この人の人生はちょっと短く
まとめる というのは無理ですよ。
wikipediaさんにお任せするとして
そのwikipediaさんがまとめた中で
最も長い部類にはいるんじゃ
ないですかね 、この人。
初めてよまれた方は
絶対に驚かれると思いますよ。
現実世界に 、これほど
めまぐるしく 冒険的で
面白い人生を送った人がいたのか?
アドベンチャーゲーム でも
こうは行かないと思う。
そのくらい ものすごい人生です。
ノーベル文学賞まで貰っている。
イギリスの奴らに言わせると
エドワード ・ギボンや
フランシス ・マコーレの流れをくむ
英語の名文のたぐいだという。
第一次世界大戦前後に
ポートレートを描いてもらった折り
自分の注文通りに書けない
絵かきに腹を立て
自分で描いてそのまま
そこそこ以上の絵描きになってしまい
全世界に「チャーチル会」 という
アマチュア画家の親睦会が
作られている。
横浜で展覧会をみたことがあります。
色彩がいきなり目に
飛び込んでくるような
大変 あざやかな絵ばかりです。
しかもそこに、ひねくれや いじけが
ない 精神がはっきり刻印されている。
あれは武人の絵ですよ。
加藤清正 や宮本武蔵の絵に
とても通じるものがあった。
海軍大臣としてガリポリ作戦に
失敗した後、第一次世界大戦の戦場に
自ら足をはこんでいる。
そこで 度々多数の油絵を描いた。
2キロもないところに
ボヘミアの伍長と
言われていたころの
アドルフ ヒトラー伍長がいた。
驚くべき 偶然ですが事実です。
ジャーナリストやっていたころ
南アフリカのボーア戦争 で
スパイとして捕虜になった。
普通なら死刑ですよ。
単身脱出すると、拳銃や様々な
衣装を手に入れ、
南アフリカ政府側の
テッペキの防備をくぐり抜けて
数100キロ逃亡、生きて国に戻る。
この間 イギリス 本国内では
新聞がすべてこの話題で持ちきり
だったことを本人は知らなかった。
帰国すると超有名人になっていた。
そのまま立候補して当選。
引退するまで 政治家。
それが20代中ばです。
実家は超大貴族だったけど
実の父親ランドルフ
政治と投機で失敗し
チャーチルが家をついだ時には
借金だらけだった。
家族をやしなうための文屋稼業だった。
親のすねをかじった人
ではないですよ。
それも命がけの冒険で
やっと勝ち取った名声を
元手に政治家になったわけで
地盤を受け継いだ 二世政治家では
ありません。
しかも 学歴 はパっとしなかった。
早い話が 英語 以外は
ほとんどできなかった。
入学当時から ラテン語の教師と
仲が悪く、これも劣等生。
オックスフォード
ケンブリッジ へはいけない。
完全な落ちこぼれ。
このあたりはケネディに似て
いなくもない。ケネディは元々
次男坊で、スポーツ万能の
優等生兄貴に反発し
10代はひたすら グレていた。
チャーチルもケネディも
自ら戦場に赴いて、
人生を変えているんですよ。
自分の命をかけてね。
勉強ができない 二世というだけで
目標にされたんでは
チャーチルの方が迷惑だと思いますよ。
小泉純一郎さん、ブッシュさん
そして 安倍晋三さん。
いまは 前置きなので
最後に ウィキペディアにも
絶対に出ない話を一つ。
私の父親は 旧海軍兵学校
最終年最上級生だったので
同級生や後輩には自衛隊の方々が
多数おられました。
かかる方面から度々聞いた話。
旧陸軍の切れ者参謀で
辻政信という人がいた。
シンガポール 電撃侵攻作戦のさい
作戦参謀だった人です。
あの時 、山下奉文大将に
イギリス軍のパーシバル将軍は
大英帝国の歴史上 、最初で最後の
無条件降伏をやっています。
パーフェクトゲームでした。
イギリスにとっては屈辱の歴史。
チャーチルだって こんなことは
大戦回顧録に書きたくなかった。
さらり とだけ書いた。
ところが 辻政信氏、
わざわざチャーチル 本人に
手紙を書いて、間違いを指摘した。
というより からかったわけです。
チャーチルはもう老衰していたが
その時は火を吐かんばかりに
激昂したそうですよ。
それから 辻政信元参謀。
東南アジアに外遊に出かけ
そのまま行方不明になりました。
防衛庁関係者の間では
イギリスの特務機関に殺されたのは
ほぼ確実であるということに
なっていたそうです。
イギリス人というのは
そういう連中であると、
本当に怒らせたら
地の果てまでも殺しにくる奴らだ と。
その話は度々聞かされましたよ。
前置きはこのくらいにして夕方に。