東京タワーと一枚の葉書。 | プールサイドの人魚姫

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。

Nikon D810,Mモード,WB晴天,ISO100,SS1/80,f/4,VR 16-35mm f/4G

 

 東京タワーは私にとって特別な存在である。東京タワーを眺める度に脳裏を過ぎるのは幼き頃の父との想い出。以前、記事にした府中刑務所の事だが、父と伯父と3人、静岡行きの東海道線に乗り、雨に煙る灰色の空に突き刺さる様に聳え立つ真っ赤な東京タワーを、小さな窓から眺めていた。そんな私の姿を察した様に父が言った。「とし坊、今度父ちゃんと一緒に東京タワーに上ろうな…」。

 私は飛び上がらんばかりに嬉しかったが、その約束は果たされる事はなかった。府中刑務所に移送される前、藤枝警察署の留置場の面会時に、服役中、私の面倒を誰がみるかで親戚の福治伯父さんと良一爺ちゃん(祖父の弟)でもめていた。結局、良一爺ちゃんの家でお世話になる事となったが、父は二人の前で声を噛み殺すように号泣し、何度も頭を下げたと言う。

 良一家で世話になり始めて半年ほど経った頃、一枚の葉書が届いた。夕食を終え、縁側でくつろいでいる時、良一爺ちゃんが声を掛けて来た。「とし、信(のぶ)から葉書が来たぞ!」。

 アルコールが切れた震える手で書いたのだろう、ミミズが這ったような字で小さな葉書に青いボールペンでびっしりと隙間なく書かれていた父の想いが葉書から溢れ落ちるようだった。

 ーーとし坊、元気にしていますか、父ちゃんは今、パンを焼く仕事をしています。藤枝に帰ったら、とし坊に美味しいパンを腹一杯食べさせてあげるからねーー。

 アルコールさえ飲まなければ本当に優しい父で、そんな父が私は大好きだった。

 「とし、信に返事をかけよ」良一爺ちゃんが私の頭を撫でながら言った。私が父にどんな返事を書いたのか記憶にはないが、父の葉書の事は昨日の事のように覚えている。

 東京タワーのてっぺんで、今も酔っ払いながら「とし坊!!」と父が呼んでいるような気がしてならない。