戦争は本当に終わったのだろうか。 | プールサイドの人魚姫

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うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。


終戦 子どもの頃、軍歌をよく歌ったものだ。「軍艦マーチ」「麦と兵隊」「ラバウル小唄」など。戦争ごっこと称した遊びも盛んにやった。「日露戦争始まった」或いは「日清戦争始まった」と掛け声を上げ、戦争遊びに興じる子どもたち。彼らには戦争の悲惨さなど何処にもなかったと思う。
今年62回目の終戦記念日を迎え、各地で戦争の無意味さと平和の尊さを訴える催しが行われている。年を重ねる毎に戦争を知らない世代が増え、平和の定義も細分化され始めている。
日本は原爆を二つ落とされ最悪な結果を招き、その数日後に無条件降伏した。厚木基地に降り立ったマッカーサーはパイプを誇らしげに咥え、にんまりと微笑んだ。「此処はアメリカだ」と心で呟いただろう。そして厚木基地はアメリカのシンボルとなった。
基地返還を訴えたところで、虚しくF15戦闘機の爆音にかき消されるのみ。戦後日本はアメリカのバックアップを元に急成長を遂げたが、日本列島の至る所に米軍が駐在し、果たして本当に戦争は終わったのだろうか?平和は訪れたのだろうか?と疑問に暮れる。
戦争終結とすり替えに平和が手に入ったとは到底思えない。いまだに原爆の後遺症に苦しむ大勢の人たち。蝉も鳴き止むほどの猛暑に耐えかね、ビールとクーラーに囲まれて終戦記念日の特集をTVで見る現代人たち。
神風特攻隊の若者が天空に散って行く姿をどのような思いで見つめるのだろうか。戦争は国によってその捉え方が異なる。聖戦と称し、自爆テロに走るイスラムの人々。戦争の仲介屋になった米軍。無差別に人が殺される戦争に正しいものはなく、戦いの後に残るものは虚しさと悲しみだけである。
地球は丸いのに丸くなれない人間ども、その愚かさに気付いてももう手遅れかも知れないが。