いじめ同様一向に無くならないのが児童虐待。いじめの場合は相手が他人なので、それでも何とか防ぐ手立てはあるものの、虐待となると親が相手だから厄介である。先日大阪市で起こった1歳児重体のニュース。「いただきます」がうまく言えないとして、顔面を殴り大けがを負わせたという。1歳といえばまだ赤ちゃんである。大人の握り拳は乳幼児の顔を半分以上隠す大きさ。その拳は石のように硬くそれをハンマーの如く振り下ろせば、柔らかい1歳児の頭蓋骨は砕け散るに違いない。殺意はないにしても加減というものを知らない大人が急増している。
問いただすと大抵聞こえてくるのが「しつけ」。しつけに暴力はいらない。子どもに振り回され、言うことを聞いてくれない時などは、つい手が出てしまうことは親なら誰しも経験はあるだろう。しかし自分の感情に任せ怒りをぶつけるような暴力は振るわない。
他人の家の揉め事に他者が介入する事は非常に難しくなっているが、子どもの命がかかっている場合はそんな悠長に構えている訳にはいかない。児童相談所の職員たちもその辺で悩んでいるようだが、日常的に虐待があると疑わしい場合は、即刻子どもの安全確保が優先する。
親に限らず、大人は子どもを守る義務がある。子どもの見本となるべき大人たちも迷い、困惑し試行錯誤を繰り返す。人生の潤滑油、それは笑顔と思いやりなのだが…。