バレンタインはギザギザハートの子守唄。 | プールサイドの人魚姫

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。


チョコ 2月14、15日は体調がすぐれず仕事を休んでいた。家では13日から娘が友達二人と共同でチョコレートを作っており、余りにもたくさん作ったので誰に上げるのか尋ねてみたが、無視されてしまった。わたしにも回って来るだろうなと言う甘い思いは打ち砕かれた(-_-;)。昨日会社に行ってみると机の上に小さな丸いチョコレートが置いてあった。何故かとても温かい気持ちになった。入社したてで、しかも休んでいたわたしにも義理チョコとは言え数の内に入れてもらえた事がとても嬉しく、こんなに優しい会社に入れてよかったとつくづく思った。社内には女性スタッフが大勢働いているので、誰がくれたかは分からない。まさか声を出して聞き御礼を言う勇気などない。言われた方も困るだろうと、包みを開けサッと口の中に入れた。口の中に広がる二日遅れのバレンタインデー。それはわたしの最も好きなお酒の入ったチョコだった。子どもの頃からウイスキーボンボンが大好きだった。大人になった今ではファミレスなどには売っていない。
バレンタインデーが習慣として日本に根付いたのは1968年頃らしい。女性から男性に贈ると言うのは日本だけで、諸外国では男性から女性にプレゼントする。チョコレート一つで相手の気持ちを掴む事が出来たなら実に簡単で、恋の花が咲いてくれればこのような習慣は女性、男性にとって有難いことだと思う。人に物をプレゼントするその行為こそが素敵である。受け取る側も実に嬉しい。確かに儲かるのは菓子メーカーだが、中々出会いや告白のチャンスがない現代では貴重な告白タイムかも知れない。ただし、義理チョコという少し厄介な問題が女性たちを悩ませているのも事実で、心理的に見ると「また買わなくちゃいけない…」と強迫観念に捉われてしまう女性もいるのではないだろうか。義理チョコと本命の区別がつかない相手だったりすると困ってしまう。その場の空気で分かりそうなのだが。本命には手紙の一通でも添えてあげれば確実に伝わるだろう。そんな本命チョコを過去に貰った事があっただろうか?思い出せない…(T_T)