1995年3月20日、私はそのアナウンスを地下鉄の通勤電車の中で聞いた。通勤ラッシュの波に揺られいつも通りの一日の始まりだった。時間は8時30頃、電車が森下町に差し掛かった時車内にいつもと変わらぬ声が響いた。「ただ今日比谷線は全線とも不通となっております・・・」詳しい内容までは分からなかったが、間違いなく事故が起こったものと思われた。通勤時間帯特に朝の混雑時にはよく事故が起こる。それも殆どが人身事故で飛び込み自殺をする人が多い。この日もそれに近い事故だろうと考えていた。あの霞ヶ関駅が地獄の戦場と化している事など想像もしていなかった。あれから11年という年月が経ち、いまだに麻原は生きている。裁判も一向に前進せず事件の解明も遺族や我々が望んでいる内容からは程遠いまま、今裁判は打ち切られようとしている。このまま松本智津夫が死刑になっても彼の口から謝罪の言葉や地下鉄、松本両サリン事件についての関与を認める供述がなければ全く効力のない死刑と言えるのではないだろうか。そして松本智津夫が麻原彰晃(教祖)のまま死ぬという事は紛れもなく我々の敗北を意味する。オウム真理教はアーレフと名前を変えて今でも活動している。大量殺戮無差別テロを行ったこのような狂気に満ちた団体をそのまま放置しているこの国こそ裁判にかけるべきではないだろうか。
1995年3月20日、私はそのアナウンスを地下鉄の通勤電車の中で聞いた。通勤ラッシュの波に揺られいつも通りの一日の始まりだった。時間は8時30頃、電車が森下町に差し掛かった時車内にいつもと変わらぬ声が響いた。「ただ今日比谷線は全線とも不通となっております・・・」詳しい内容までは分からなかったが、間違いなく事故が起こったものと思われた。通勤時間帯特に朝の混雑時にはよく事故が起こる。それも殆どが人身事故で飛び込み自殺をする人が多い。この日もそれに近い事故だろうと考えていた。あの霞ヶ関駅が地獄の戦場と化している事など想像もしていなかった。あれから11年という年月が経ち、いまだに麻原は生きている。裁判も一向に前進せず事件の解明も遺族や我々が望んでいる内容からは程遠いまま、今裁判は打ち切られようとしている。このまま松本智津夫が死刑になっても彼の口から謝罪の言葉や地下鉄、松本両サリン事件についての関与を認める供述がなければ全く効力のない死刑と言えるのではないだろうか。そして松本智津夫が麻原彰晃(教祖)のまま死ぬという事は紛れもなく我々の敗北を意味する。オウム真理教はアーレフと名前を変えて今でも活動している。大量殺戮無差別テロを行ったこのような狂気に満ちた団体をそのまま放置しているこの国こそ裁判にかけるべきではないだろうか。