ストリートミュージシャンの姿に過去の自分が蘇えった | プールサイドの人魚姫

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うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。

myu^iisysnnゴスペルインザナイトに向かう途中ストリートミュージシャンに出会った。一服する為に立ち寄った広場で煙草に火を点けていた時だった。10メートル先にアコースティックギター片手にブルースハープを織混ぜ、小気味良いメロディが聞こえてきた。すかさず彼等に近寄り撮影の許可を取りブログに掲載する許可も得る事が出来た。彼等の曲がオリジナルなのかは知らないが実に良い曲だった。メロディといい歌詞の内容も良かった。記念に私に一曲プレゼントしてくれた気の良いお兄さん達。この二人に私は自分の若かりし10代の頃を想い出していた。バンド経験のある私の原点は小2の時、ビートルズが日本に来日した時だった。そして洋楽に取り付かれ、オールジャパンポップス20を聞き始めた。当時流行っていた曲で印象に残っているのは「パサディナのおばあちゃん」だった。洋楽にのめり込んだ18年間FENばかり聞いていたが、ある日拓郎の曲「今日までそして明日から」がラジオから流れ出てきた。この曲に圧倒され拓郎の大ファンになった。折りしも世間はフォークブームでプロテスタントソングが流行り、そして拓郎を筆頭に井上陽水、泉谷しげる、関西では優歌団が注目されていた。1970年代の流行はギターケースを持って歩くことだった。それだけで女の子に注目され、もてた時代。ギターケースがシンボルの時代だった。ただ、貧乏な若者にハードケースは届かない。スリーフィンガーの奏でるそのギターテクニックで難しい曲「花嫁になる君に」これを弾けるようになった時やった!と思った。高田渡へひと言、コンサート中に居眠りするから早死にしちまったんだ。アーメン。