こんにちはニコニコ

 

今日は、真面目なお話です。

ここ最近の私は、周りから見ると「好きなことやって、楽しそう」とか

「フットワーク軽くてあちこち遊びあるってる」と思われているみたいです。

まぁ実際先週も大好きなナオトさんのファン感謝祭とライブの為に、お台場に2泊3日して来ちゃいましたし、そこは否定しませんチューアセアセ

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数年前の自分だったら、夫の目とか家族の世話とかが気になって

ひとりで泊まりで出かけるなんて考えられませんでした。

 

ちょうど2年位前に筆文字と出会って、あれあれ?と言っている間に

FBを通じたり、もちろんリアルで会う友達も急激に増えました。

 

こう見えて、意外とFBの繋がり方とか不安があって、今でもただ誰かの友達の友達ってだけでは友達申請を頂いても、承認できなかったりするんですよチュー

 

初めて一人で泊まりで出かけたのは、筆文字の師匠 とっちさんの所で行われた新年会だったと思います。

初めての一人ビジネスホテルがちょっぴり怖くて、電気もテレビもつけっぱなしで寝た記憶があります。

 

まあ、それからは一人で関西も行ったし、ライブも一人で参戦できる様になったりして意外と一人の時間が好きなんだなって事にも改めて気づきました照れルンルン

 

そう、なぜ私がそんな風に変わったのかというと、やっぱり「後悔はなるべくしたくない」という風に思う様になったから。

 

この歳まで生きていると、結構色んな近しい人とのお別れを経験します。

その中には、私よりも若い人もいたり、近い歳の人もいたり。

そんなお別れをした後で思うのは「やりたいことちゃんとやれたのかな?」

「伝えたい事ちゃんと伝えられたのかな?」って事。

 

一昨年の秋に主人と共通の先輩方とすごく久しぶりに集まる機会がありました。

みなさん、それぞれ良い歳ですからそれなりに肩書もあり、見た目もそれなりに変化があったりしたのですが、学生時代一緒にバカやってた仲間なのでどんなに久しぶりでも会うと一気に時間が戻って、当時と同じ立ち位置で大笑いして、一緒に飲んで、カラオケやってと昔と同じ事を純粋に懐かしんで楽しみました。

 

楽しかったから、またこの時期に合わせて集まろうって言っていたのですが、昨年は、みんなの都合がなかなか合わず、集まる事ができませんでした。

 

そして今年の夏に飛び込んできたのでは、その中の一人の先輩の訃報でした。

誰もが信じられなくて、葬儀の場で初めて色んな経緯をお聞きしました。

病気が発覚したのが、今年の春、体調不良を感じ、娘さんの入学式の翌日に病院に行って、そのまま入院になってしまい、そこからわずか数カ月で亡くなってしまいました。

本当は、みんなに会いたがっていたけど、(心配かけるから)会わないと本人が決めて強い意志で最後まで闘病していたと。

 

誰からも愛され、いつもみんなの中心にいて、いつも笑っている。

それは学生時代に限らず、職場でもそうだったんだろうなぁって思える人柄の先輩でした。

 

葬儀の際に、一昨年集まった時に仕事の都合で参加できなかった先輩がすごく悔やんでいました。

「あの時なんとか時間を作って会っておけばよかった」と。

 

後悔って後で悔やむから後悔なんですけど、絶対取り戻すことができないんですよね。

だから後悔のない様に生きなきゃいけない。

 

そうは言っても、金の成る木も、どこでもドアも、時間の流れを止められる時計も持っていないので、諦めなければならない事も沢山あります。

だからこそ最近は「自分でどうにかできる可能性があるならばなるべく先送りにしない様に、会いたい人には会って、やりたい事はやっておこう」

と思うようになりました。

 

先日、滋賀からフカキヨが来てくれたセカフザの際に、仲間の一人が『きょんちゃんが、「来月フカキヨさんが来てくれる事になりました」って言った時に真っ先にりえちゃんが「行く!行く!」って日程も聞かずに答えていたのがすごいなぁって思った』って言ってくれたんですけど、だって滋賀から何時間もかけて来てくれるんですよ。

私は会場まで車で20分、職場からなら5分の距離な訳で、そこを断る理由がないでしょ?って

感じだったんですよね。

近いからいつでも会えるって事でもないんですけど、遠かったらやっぱりチャンスは少なくなりますからね。

 

そんな事を思っている今日この頃ですが、先日のナオトさんのライブでも、ちょっと似た話と言うか考えさせられる話があって、半年間海外を旅していた間に実はアナフィラキシーショックで命の危険にさらされていたと聞きました。

おそらく食べ物の何かが原因で、アレルギーを起こしてひどいじんましんが起き、救急搬送されたが、搬送された病院は設備も整っていない、衛生的にも不安な病院で、いきなり注射を打たれてその注射が合っているのか、その針から別の感染症にかかったりしないのか?と不安に思っていると、意識が朦朧として座っている事も出来なくなってしまい、倒れ込んでしまったのだと。

そして、このまま死んでしまうんじゃないかという不安もよぎったと。

幸いにも元気になったのでそんな話も聞く事ができた訳ですが、だからこそより一瞬一瞬を、一人一人との出会いを大事にしないといけないんだと感じたと話していました。

 

ナオトさんはこの旅で、他にも西アフリカの奴隷貿易の資料館や、ナチスドイツの虐殺の資料館なども訪れていました。

日本国内でも、地震や災害の現場にも自ら出向き、何日もスケジュールの許す限りボランティアをしたり、ライブ会場で集めた募金を「必要な物にして必要な人に届ける」という活動もしている。

だからこそ命の話になると、いつもより力が入って私たちに語りかけてくれる。

「今日ここにいるみんながみんな、必ず明日が来る保障はないんだよ。だからこそ、一日一日を大切にね」と。

 

誰でも同じような毎日を繰り返している様に思えて、単調な生活にうんざりしたり嫌になったりすることもあるけど、それだって生きていればこそ。

 

今、生きている時間を少しでも楽しく、心地よく過ごせる様にしたいなあって改めて思った今日でした。

 

最後まで読んで下さった方、ありがとうございます。

 

告知とかあるけど・・・今日はやめときます。

 

では、またねウインクルンルン