ってなことで、旧笠岳スキー場

旧笠岳スキー場へ出掛けた理由と致しまして、

あこぷー。さんのブログがきっかけだったりしますが、

前山スキー場には寄ってませぬ。

冬季営業はしていないもののサマーリフトが稼働してますしねぇ。

→リフト代をケチったという話でもありますが。

 

 

その割には、事前調査をしてなく、当日、道路地図を眺めながら、

あの辺かなぁ~くらいで辿り着きましてん。

グルグルマップより…高山村と志賀高原を結ぶ細い道に入った所にあるにゃ。

 

で、丁度この日、ABMORIの植樹しました苗のモニタリングや育樹をやっていたので、

山ノ内町の職員と二言三言話してきましただにぃ。→本日は語尾が多様

 

市川海老蔵さんは、今は市川團十郎白猿さんおっしゃいますのんうーん

 

ABMORIをご存じでない方ように公式HPを貼り付けましてっと…

この活動って昨年終了していたのね。どうも、今年報道されないなぁ~なんて

ほんのちょっと気にはしてましたが…

 

志賀高原に植林をしている信州・長野県ですが、

森林を伐採し、太陽光発電所(メガソーラー発電所)を造ったりと、

矛盾に満ちたりしているのは、ちょいちょい記載の通りです。

 

既に植樹されているので、こんな感じで…

志賀高原と山田温泉(長野県高山村)を結ぶ道って、

狭いのになっかなかの通行量だとか。

以前、一の瀬周辺で猿を見掛けたけど、この辺りにも猿が来るようになったし、

鹿も”小諸”辺りから来るようになり、大迷惑だとかおいでゲラゲラ

 

Wikipedia参照

概要:

本スキー場は、志賀高原一帯に展開する志賀高原スキー場に属していたスキー場の一つである。熊の湯の入口にあたる平床地区のスキー場で、熊の湯スキー場と相互に往来が可能であることから、スキーブームのピークであった1990年代前半であっても比較的空いていた。

リフト1本の両脇にそれぞれ1本、合計2本のコースが配置されたシンプルなレイアウトで、麓には笠岳ホテル(20室)や小規模ながら50台分の駐車場が整備されていた。

グリーンシーズンはキャンプ場が完備し、志賀高原各地を結ぶ遊歩道が整備されていた。

現在、ホテルは廃業し、笠岳キャンプ、平床大噴泉(噴泉公園)(無料)、

ならびに、笠越ミズバショウ公園(無料)などが整備されている。

 

歴史:

1948年(昭和23年) 平床山荘開業。
1962年(昭和37年) 平床の保養施設用地において日本専売公社共済組合志賀高原宿泊所が開設されたことを皮切りに、その後10年の間に12棟の保養施設が整備された。
1964年(昭和39年) 笠岳ロッジ(後の笠岳ホテル)が開業した(11月)。笠越スキーリフトが設立、笠岳リフト(420m)架設され、笠岳スキー場開業した(12月)。
1973年(昭和48年) 林道七味笠岳線が開通した。
1975年(昭和50年) 笠岳キャンプ場が開業した。
1977年(昭和52年) 笠越第2リフト(407m)が架設された。
1992年(平成4年) 笠越第1ペアリフトが笠越第1高速クワッドリフト(406m)に架け替えられた。笠越第2リフトが廃止された。
2009年(平成21年) 笠岳スキー場が2008-2009シーズンを以て休業となった。
2011年(平成23年) 笠越スキーリフトが破産した。

 

その近くに、木戸池スキー場がありましたが、

木戸池ホテルの向こう側にあり、今となってはホテル横をワッセワッセと通り抜けねばならなくて…面倒なので、割愛。→始まりましたなぁ、割愛コース

正面のホテルの右奥にスキー場がありました。

そういえば、昔、木戸池って手漕ぎボートがあったけど、

ボートが浮かんでなかったわ。

 

グルグルの写真ですと木戸池温泉ホテル11時の方向にスキー場跡が

見てとれます。

木戸池ペアリフト(378m、45m、3分46秒)
山の両斜面にまたがって1本のリフトが架設され、山頂部に中間駅が設けられていた。

 

この後、上林スキー場/かんばやしスキー&スノーボードパークに向かうも、

そこって、あこぷー。さんが好きな、地獄谷野猿公苑/スノーモンキーお膝元の

猿座カフェ前の道を、道なり真っすぐに行った所にあるのと、

あの一帯が有料駐車場がボコボコ湧いて、【一般車両通行禁止】だのの看板や

駐車場整理員がいるやらで一大観光地と化してうんざり気味でしたので、

割愛いたしました。

 

ほら、猿座カフェの写真右下4時の方向にスキー場跡っぽいのがありますが、

そこが、上林スキー場/かんばやしスキー&スノーボードパーク

 

縦目の写真を貼ると…

志賀高原ロマン美術館の所からもリフトで上がれたし、

猿座カフェを上り詰めた所にも駐車場があったし…

1913年(大正2年) 上林温泉を訪れていたドイツ人キンメルン夫妻が近所の畑、斜面(上林、十二沢)でスキーをした。現 志賀高原(昭和5年以降の名称)で最初にスキーが行われた。これを見た近隣の子供たちが翌年からスキーを始めるきっかけとなった。
1921年(大正10年) 上林スキー場開設
1922年(大正11年) 上信越スキー大会開催(1934年(昭和9年)まで合計12回開催)。
1929年(昭和4年) 長野電鉄が上林スキー場のベースに上林ホテル(現:上林ホテル仙壽閣)を開業。
1948年(昭和23年) レオナードコース(志賀高原旭山~上林スキー場)開設。
1959年(昭和34年) ジャンプ台完成
1960年(昭和35年) 第15回国民体育大会冬季大会開催
一時閉鎖
上林温泉スキー場再オープン(2人乗りリフト設置 1基)
1995年(平成7年)12月14日 ハーフパイプ用に再オープン

(かんばやしスキー&スノーボードパーク)
1998年(平成10年) 長野オリンピック開催
2007年(平成19年)1月5日 閉鎖

 

 

また、西武系のごりん高原スキー場が湯田中にありましたが、跡形も無いって話なので、回避。このごりん高原スキー場は、焼額山スキー場と結ぶことを予定し、

ロープウェーの支柱を建てるも、お客さんが少なすぎて断念。

1987年(昭和62年)12月 - 開業。
2007年(平成19年)2月25日 - 06-07年シーズンの営業を終了。

結果的に最後の営業となる。
2007年(平成19年)3月23日 - 西武ホールディングスが廃業を発表。

 

今は亡き山ノ内町社会体育館脇にロープウェー乗り場がありましたん。

 

で、アワラ湿原の左側にコース跡のようなのを視認できるかと思いますが…

 

ほら、未だにコース跡が残っておる。

ここがスキー場でした。

現在、竜王スキーパークと志賀高原マウンテンリゾートを結ぶ計画があるのは、

まぁ、それはそれとして…