「視える」ってどういうこと!? (その三) |  ★神々の囁き★ 

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 奇跡が起きる神仏融合アチューメント

視え方

視えると言っても、視え方もいろいろです。

その方の個性の部分なのか持って生まれた才能の部分なのか
ただこれも、人によって能力の強い部分と弱い部分があるようなので、
視えなくても、聴く話すが得意であったり、感じる・分かる部分が強い方など、
たとえ視えなくても、プロとして立派に活動していらっしゃる方もおられます。
ですから一概に、視える・視えないで、能力を測れるものではないと思います。

肉眼で視える方は、現実の世界にそのまま透けて視えたり、顔・姿が浮かんできたり、
白い影・黒い影で視えたりと、なんと言いましょうか
素直にお視えになっていらっしゃると思うのですが、映像が浮かぶ方は、千差万別です。

①昔の のように、砂嵐の中に朧気ながら形がわかる。
②白黒だけど、輪郭がわかる。
③白黒だけど、服装・表情まで読み取れる。
④カラーだけど、朧気。
⑤カラーで輪郭がはっきりわかる。
⑥カラーで服装・表情まで読み取れる。
⑦カラーだが光のエネルギー体としてしか認識できない。

ざっと思いつくだけでも、これだけの違いがあります。

神はオレンジの発光体、霊は青の発光体として視る方や、
(色にはこだわらないでくださいね。青い光は天使との説もあり、
私は姿で視えるので逆に確かめようがありません)
「神様はどうしても正面に立ってくれない」と位置の違いを指摘される方もいて、
これも千差万別です。
また、どうしても人間ですのでその時の集中具合や体調にも影響されて、
視え易い・視え辛い等も当然あると思います。

人型や龍の姿等の姿形で捉えられる方は、映像化能力の部分が長けているみたいです。
しかし、全く同じ物を視ていても細かいディテールで違いが出ます。
私は映像を結ぶのは脳内のデータで構築されるはずですから、
その情報が全く同じ人はいなすはずだと考えています。

それとも、その存在が別に視える様に作用をおよぼしているのか
ただ、今までの経験上からは、他の方と同じ物を視ていて全く別な物だったことはありません。
これも本当のところは、確かめようがありませんが・・・

つづく


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伊勢17 


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