少し前にネットで
「○○さんの紅茶の缶の茶葉がひじきに変わっていますように」
という願いが笹に書かれてあったという話を読んで、笑いが止まりませんでした。
今でも思い出すと「ひじき」の絶妙さに笑ってしまいます。
願いを書いた方は○○さんが少し嫌いでそんなことを書いたのか、むしろ好きすぎて(笑)書いてしまったのか、それも微妙に気になるところです。
もし願いが天帝に届いて、本当にひじきに変わってしまっていたら、○○さんはお湯を入れて飲んだ瞬間どんな顔をするのかとか、想像してしまいます。
会ったこともないのに、願いを書いたひとがどんなひとなのか、すごく気になるお話でした(笑)

※写真は去年の七夕祭りのものです
そんなわけで七夕でしたね。
実は七夕の日は親戚の不幸があって、葬式に行くために実家に帰っていました。
私とは血縁関係のない親戚で、色々事情がありまして、初めましてが葬式という初めての経験でした。
高齢の方でしたが、ご自身が亡くなったことにキョトンとした感じでした。
生まれてくる日、亡くなる日は、あらかじめ決めて、生まれてくるそうです。
七夕にお葬式というのも、故人との何かのご縁でしょうかね。
こういう仕事をしているせいか、あの世へ旅立つことがそこまで悪いこととは思わなくなりました。
猫谷さんに、この世の苦行が終わって旅立てるわけだから喜ばしいことだよって言われたこともあります。
ところで七夕に使う”笹”は神様が降りてこられる植物です。
それを知ったのは今住んでいる場所の近くにある、竹林を視たときでした。
神社仏閣でもないのに、なぜか神様が降りて来られるんです。
なんで?ってずっと不思議に思っていました。
でも通るたびに神様と目が合って、一日ニコニコしていられました。
何年かたって知ったのですが、同じ地区にあるお寺の敷地が大昔は巨大で、竹林があるあたりも昔は敷地内だったそうです。
それを知ったときに、竹林のあたりにお堂があったのが視えました。
お堂や仏像がなくなっても、神様が降りて来られるんだと初めて知りました。
しかし竹林がなかったら、さすがに無理かもとは思います。
「松竹梅」は縁起が良いとされています。
縁起だけではなく、松も梅も歴史があり、神様も降りてこられる神聖な木です。
当然、竹もそうだったということだと思います。
今も神事や地鎮祭に笹(青竹)で囲いますしね。
昔のひとはなんで「松竹梅」は神様が降りて来られると知っていたんだろうと、不思議に思わずにはいられない出来事でした。

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