どうもお久しぶりです( ;∀;)
日々鑑定で毎日が終っていたので、特に何があったとかでもありませんがお久しぶりです。
先日、福井に行ってきました。
以前、鑑定に来てくださった方の個展を見るためと、氣比神宮に行きたかったので、無理やり休みを取って行ってきました。

(ガ〇ダムにみえる。。。)
実は行く前日くらいにgooglemapの↑の画像に引っ張られて、なんじゃろう?と調べてみました。
googlemapには「都怒我阿羅斯等像」と、書かれてありました。
ざっくり説明すると、「つぬがあらしと」と読み、加羅(今の朝鮮)の国の王子で敦賀の語源になった方だそうです。
wikiには以下のように載っています。
「崇神天皇の時、額に角の生えた都怒我阿羅斯等が船で穴門から出雲国を経て笥飯浦に来着したというそしてこれが「角鹿(つぬが)」の語源であるとしている(角鹿からのちに敦賀に転訛)」
穴門は今の山口県になります。
「額に角の生えた」って聞くと、私は牛頭天王を連想しました。
へぇーって思いながら次の日、福井に向かいました。
レンタカー借りて駐車場から入ったのですが、すぐそばにあった神社が明らかに呼んでくれたので、本殿より先に行ってしまいました。


なぜ?って思っていたら、こちらの神社の御祭神は

この方でした('Д')
私は機織りだの渡来人だのの前世がありますので、その関係かもしれません。
またこの地は神功皇后ゆかりの土地でもあります。神功皇后が誕生した米原市とも近いですしね。
本殿で拝んで社務所を覗いたら

桃太郎?('ω')?ってなりまして、調べてみたら
気比神社の祭神である、伊奢沙別命(気比津彦命)は遠く吉備地方の鬼も退治した方で、桃太郎の話も気比津彦命の勇武を讃えて作られたとの説があるそうなんです。
気比津彦命=吉備津彦命?!
額に角の生えた都怒我阿羅斯等と一緒の神社に祀られているのも、何だか興味深いですね。
もともと氣比神宮は、神功皇后ゆかりの神社さんと聞いて、そのうち行きたいなぁとは思っていたのですが、行ってみて感じたのは私とかなり相性が良い神社さんでした。
レンタカーで移動している時も、土地の氣が良く、パワースポットなのがわかりました。
古代から栄えていたのも納得です。
國學院大學のHPにこのように載っていました。
「仲哀天皇の御代、神功皇后は三韓征伐の成功を気比大神に祈ると海神を祀れという神託が下った。
その後、神功皇后は穴門に向う途中、干珠・満珠を海中より得る。
仲哀天皇八年に、神功皇后は安曇連に命じて気比大神を祭らせた。
これが当社の始まりであるという。」
干珠・満珠のくだりは和布刈神社のことだと思います。
山口・北九州と福井が繋がるとは思わず、これも興味深いです。

本当はこちらから参拝したかったのですが、逆のルートになってしまいました^^;


桜がまだ少し咲いていて綺麗でした。

こちらで次に通販するブレスやペンダントと、オーダー用のアクセサリーを洗わせて頂きました。
説明を読むとこの場で飲むのは大丈夫だけど、持ち帰っての飲用は避けてみたいなことが書かれてありました。
その後は、実は岐阜に寄ってから石川に行く予定でした。
平泉寺白山神社は前回行ったので、白山中居神社に行こうと思ってまして。。
でもナビを設定しようとしても、なぜか有料道路は岐阜市内の高速道路しか設定できず、福井経由で行きたかったので仕方なく下道使いながら行きました。(なんか…連れて行ってくれる気ゼロな感じがしました…;;)

なぜかここに着いてしまいました( ;∀;)
粟田部岡太神社さんです。
あとで気づいたんですが、市内に岡太神社さんは二つありました。
岡太神社・大瀧神社は行っていません。


ここは継体天皇が、大和へ行って天皇に即位する前に居た宮跡の一つなんだそうです。
継体天皇といえば、皇統の男子が絶えそうな時に遠くから引っ張ってきた皇族の方というのは知っていたんですが、場所までは知りませんでした。
継体天皇がこの地を治めていた時も、北陸はかなり栄えていたそうです。
その手腕も買われたのかもしれません。
実は氣比神宮にいた時に、ミズラを結った男性が後ろに出てきて、レンタカー乗ってたら指図してくるので、白山中居神社には行きつけないだろうと、半分諦めていました。
おかげで福井の綺麗な海岸線をみながら運転できたので、気分はよかったです。
後ろにいる古代のひとが、古代の風景も見せてくれました。
岡太神社さんと氣比神宮が霊的に繋がってるのかわかりませんが、かなり古いひとでした。
ただ、調べてみたら岡太神社さんの御祭神は建角身命だったので、賀茂氏系で呼ばれたのかもしれないとも思いました^^;

帰ろうと駐車場に行ったら、飛行機雲?が三方向にたなびいてて、綺麗でした。
その後も諦めず、車を運転していたらほどなくして…


こちらの神社さんに引っ張られました_(:3 」∠)_

源範頼公縁の神社さんだそうですが、私が無視できなかった理由は、織物の神様が祀られているということです。
允恭天皇の御代に創建されて以来、機織りの技術を伝えたとされる織姫様をお祀りしているそうです。



「煩速日之命(ひはやひのみこと)の神孫にあたる麻羅宿禰(まらのすくね)の後裔(こうえい)、服部連(はとりのむらじ)が織部司に任ぜられ当地に下向して服部郷と命名し、煩速日之命を八架神に合祀して鎮守としたことに始まる」
「その後、顕宗天皇(485~487)の御代、百済国の怒理使王(ぬりのおみ)(奴理能美)の孫で、阿久太(あくた)の子の弥和(みわ)をはじめ、機織りに長じた織姫たちが渡来し、養蚕と絹織りの技術を郷民に教え、そこで生産された絹織物は貢物として朝廷に上納された。郷民は機織業の繁栄を感謝し、機織の御祭神として「天萬栲幡千幡比売命」(あめよろずたくはたちはたひめのみこと)が祀られた。」
所謂、「服部」姓の方は、織物関係をしていた先祖を持つ方も多いと思います。
地名に服部がつく場所も、過去に織物が盛んだったり、服部連が住んでいた場所が多いです。
ここで時間的に無理となったので、岐阜に行くのは完全に諦めました('ω')キリッ
本当は夕方、岐阜の鶏ちゃん食べて帰ろうと思ってたのに・・( ;∀;)
諦めたので、ルートを変更して以前から引っ張られていたけど無視していた(!)一乗谷の朝倉氏遺跡に行きました。


元々遺構しかないのに行ってもなぁと思っていました。

しかし行ってみて気づきましたが、拝むポイントがいくつかあったので、これで終わりにしようと思って拝んできました。

そんなに朝倉は詳しくないので、アワビの話は初耳でした。



ちょうどお花見シーズンで観光客が多かったです。


街並みが再現されてましたが、外から見て帰りました。
ルートを変えて少し時間が余ったので、福井県立恐竜博物館に寄りました。








古代の亀でかぁってなった。


福井県立恐竜博物館に行く途中に、道に見覚えあるなぁって思ったんですが、良く考えたら近くの越前大仏に行っていました。

来る途中の地形を見ながら、確かに恐竜いそうってなりました。
山口とは地形が全然違いますね。
なんと言っても、福井はすごいパワースポットだなと思います!

夜は結局魚になりました。
2日目に続く。
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