2020年4月28日に肺腺がんで亡くなった父の最後の元気な姿を見てから看取りまでの25日間をもう少し詳しく「癌患者の最期」を、あくまでも一例として(全ての末期癌患者に当てはまるとは限りません)そしてコロナ禍突入した特殊な環境だった事を踏まえて読んで頂ければと思います。


2月14日に「抗がん剤の終了」を主治医から伝えられました。治療開始時からいつか抗がん剤の威力より癌増殖の威力が上回った時は緩和ケアに入る事は説明されていたのでいよいよその時が来てしまったと私は思いました。

父は腹を括った感じで「わかりました。先生ありがとうございました。」と。


そこからは、骨盤転移から時々来る激痛が来る以外は元気で食も変わりなく穏やかに過ごしていました。

3月に入り腹水が溜まり始め3ℓ程抜きましたが全て抜く事は危険だと言われ維持。


そして

  • 4月3日。日々強くなる骨転移の痛み緩和の為に放射線を当てる為に入院。
  • 6日に放射線照射。
  • 翌日副反応の激痛によりモルヒネを使う
  • モルヒネによるせん妄状態がひどくなり暴れた為個室へ
  • 数日後には症状は落ちたが個室からは出られず胸水・腹水が溜まり始め酸素を使用
  • 個室から数人に電話をしていたよう。父の妹には「まだ、死にたくない」そう言っていたようです
  • 19日。ここで父の状態を初めて知らされた私。私の手術がどうだったのか心配していると言うので父に電話をし無事終わった事を報告。まだリンパ管侵襲が残り経口抗がん剤治療の予定でしたが「もう癌は全部綺麗に無くなったよ」父にそう嘘をつきました。
  • 22日。父が朝目覚めると脇の下から大出血。腫瘍が皮膚を突き破り縫合で仮止血。
  • 24日退院し、看取り訪問医の診察。父は車椅子に座り介護タクシーで帰りましたが、家に着きパジャマに着替えて介護ベッドに寝かせると、もう自力ではなにも出来ない状態だった。看取り医の指示により血液サラサラの薬を含め全ての処方薬は終了。ワーファリンを辞めた事により脇からの出血が止まる。
  • 看取りに於いて、今まで病院で処方された薬はもう意味が無いと。それらは病気を治す、改善、予防の為に処方された薬だからです
  • 液体の経口鎮痛剤、貼る医療麻薬などを組み合わせ、いわゆる「身の置き場のない状態」と胸水と腹水により苦しいので何度も寝返りを手伝う。母と姉でポータブルトイレに2回程使用。少しの飲み物、一口のアイス。訪問看護師に愛想を返す笑
  • 27日せん妄が強くなる。傾眠が多くなる。問い掛けにわずかに反応する。尿、便が出なくなる。深夜にトイレに行きたいとポータブルに座らせたが80キロある父を母と姉で立たせる事が出来ず息子と3人でなんとかベッドに寝かせる事が出来た。
  • 28日。姉は夜21時頃に実家に泊まりに来て朝6時に帰る生活をしていた。私は姉が帰る声で起き父のベッド横にずっと座って対応していた。昼前後は娘と交代し私は少し休む。なにせ私も術後だったので照れ
  • この日は朝私が起きてからずっと父は目を開けたままで傾眠がなくなっていた。目を開けていると言うより「目を見開いてる」少し寝たら?と鎮静剤を飲ませても眠らない。その日姉はいつもより早く20時頃に来た。「今日ずっと眠ってないんだよね」私の言葉に姉は「すぐ看取り医に電話して聞いて!」
  • 看取り医に連絡。到着までに何があっても救急車は呼ばないでくださいと約束した。救急車を呼ぶ事=病院で父には必要のない延命措置をしなくてはいけなくなるから。病院は命を生かす処置をする所だから。足先が冷たくなり始め紫斑が出始める。
  • 21時すぎ看取り医到着。酸素がもう身体にほとんど入っていないと。酸素を全開にする。意識はほぼなく空(くう)を見つめる。
  • 30分後、会わせたい人を呼んでください。お父さんはほぼ酸素が身体に入っていない状態、つまり「陸で溺れている状態」このまま苦しさを引き伸ばさない為に鎮痛剤を打ちますが
「そのまま心臓が止まる場合がありますがどうしますか?」

私は実は三姉妹なのですが、母と長女と私の3人で鎮静剤を打つ事をお願いしました。

家族、孫全員、次女夫婦が到着し鎮静剤を打ち
静かな時間が流れてゆく

最後に大きく3回程息を吸い
午後22時41分

父は旅立ちました。行年82歳(享年と同じ意味です)

後悔は全くありませんでした。もう父は苦しくない。凄く頑張ってくれた。そして一緒に頑張ったね。久々に「お父さん」と呼んだ。

「ありがとうお父さん」

私は残りの治療頑張るから見守っててねおねがい

そう言えば、父は息を引き取る5時間程前にベッドの横に座って居た私に「写真を撮ってくれ」と。ほぼジェスチャーで言ってきた。
「写真???撮るの??」コクン照れ カシャ📷
「これでいい?」と撮った写真を見せると満足そうに👍🏻サイン。
後から見返すと父の瞳にはもう光がありませんでした。

何故、写真を撮って欲しかったんだろうなぁ。
今でもその時、父が何を思っていたのかわからないままです……