私は自分が癌になったショックは少なく、両親に私まで癌になってしまって申し訳ない気持ちでいっぱいでした。特に父に伝えるのには堪えました。


父の涙を見るのは2回目でした。祖母が亡くなった時と私の乳がん告知。


そこから私も抗がん剤治療をしながら、2回程一週違いで父も抗がん剤を再開する事になり、まだ副作用が抜けきらない身体で父のケモの付き添いに。

私の抗がん剤も父と同じドセタキセルだったのもあり、副作用も親子だねぇ、色んな副作用出るタイミングも同じだよ笑爆笑 味覚障害も「コレすっごい不味い!コレなら食べれるよ!コレなら味がするよ!見て!丸坊主爆笑」なんてお互い支え合えた事。私にとって百人力とはこの事です。どれだけ心強かったか。


そんな父も2020年2月14日の抗がん剤を最後に緩和ケアに入りました。大腿骨と骨盤転移、皮膚転移、最後の退院直前には肺の腫瘍が父の脇の皮膚を突き破り大出血。縫合してなんとか仮止血の状態で

自宅で看取る事を決めました。

主治医から「末期がん看取り専門の訪問医」を紹介され、母と姉と私と娘と息子。交代しながらの看取りの時間。


父は何も話しをする事もなく、ただただ静かで穏やかな時間が流れ、自宅に帰ってからわずか5日目に

家族全員、孫全員、皆んなに囲まれ、最後に3回程大きく息を吸いこの世を旅立ちました。


明日の4月28日は4回目の祥月命日です。母と息子夫婦と娘と父のお墓参りに行ってきます。


今でも父の守りを感じる事があります。そんな父に感謝を伝えたいです。


私の闘病も書いて残したいと思ってますニコニコ 

気分が乗ったら書きます爆笑