「犬じゃあるまいし、躾(しつけ)なんて必要ないわよ!」
と叫んでいた『叱らない子育て主義』のお母さんがいた。
彼女は子供が何をしようと叱ることをしなかった。
「犬だって人間社会に馴染むためにしつけが必要なのよ。
人間ならなおさら必要じゃないの?」
と反論した事を覚えている。
『躾』
文字通り身を美しくすると書く。
先日あるレストランにて、
お隣の席にきれいなお嬢さんとお母さんの
二人連れがいらっしゃった。
高校生くらいのお嬢さんは食事をされるとき
テーブルに両肘をついたまま召し上がる。
パンを食べるときでさえ、肘をついた手に
口を近づけて召し上がるのだ。
なのでパンを食べるたびに
その彼女の隣にいる私の方に
彼女の顔が向くのだ。
横から見るとまるで犬がご飯を食べているようである…
お母さんがそれを注意なさることは一度もなかった
(そんなにじろじろ見てるわけじゃないけど、気になって… )
私の親はとにかくうるさかった...
お座敷の襖の開けたて、畳の歩き方、
食事の仕方、挨拶の仕方…
子供の頃はお客様がいらっしゃるのが苦痛で仕方なかった。
大人になって茶道を学んだとき
「はぁ~。貴女は躾がきちーんとされているから
所作振る舞いになんも言うことがありません。
だから昇級するのも早いです
」
と先生に褒めていただいたことがある
その頃から親に感謝するようになった
『躾』は着物を美しく仕立てるときにするものである
いくら着物が美しく仕上がっていても、
それをまとう本体がぐじゃぐじゃでは元も子もない。
我が家には気難しいお客様がいらっしゃることはないので
子供たちに私のようなプレッシャーがかかることはないが
私もそれなりに『スパルタママ』で躾をしてきた。
最近自分の過去のスパルタぶりに反省をしていた私に
娘たちが言ったこと
「そんなことないよ。
ママにいろいろ教わったおかげで
恥ずかしいと思うことがないから、とても感謝してる。
ママの子供じゃなかったら、私、いったい
どんな人間になってただろう…
って ちと怖い」
二人の娘が ふと それぞれに同じことを言ってくれる
こんなにありがたいことはない