私と私の母との関係を知っている方には周知の話である。
 
私の今生での使命は『母を助けること』
が、早すぎた・・・
母は嫁ぎ先で、慣れない家事を一人でこなし、
複雑な人間関係のなかで四苦八苦しているところへの妊娠・・・
つわりはひどい。
でも、妊娠は病気ではないといわれる
母の母は病気で亡くなったばかり
頼れる人はいない
「こんなに早くに子どもができるなんて・・・」
母の恨み言とその想いは、お腹の中にいた私を直撃した。
その時の私の想いは
『やっちまった 
 』
そう。出だしから失敗してしまったのだ。

小さなころから手のかからない子どもだったそうだ。
物心ついたころには既に『お母さんを助けなきゃ』
と思っていたのを覚えている

母の口癖は
「さえちゃん(妹)は女医さんになってお母さんを助けてね」
学校の成績が良かった妹に母は呪文のように繰り返していた
私には
「あんたは本当に頭も悪いし要領も悪い。
そのうえ おっちょこちょいだから、人様に迷惑を
かけないように生きなさい」
と言っていた。
その言葉は私のとっての『呪文』
助けるどころか役立たずの迷惑な存在・・・
どれだけ自分が産まれてきた目的使命を否定されていたのだろう…

「私なんていないほうがお母さんは幸せだ」
何度も自分を消すことを考えた。
でも、怖くてできなかった。
そりゃ小学生じゃ無理だよな

高校で寮に入らなければ通えない都会の高校に
みんなの反対を押し切って入学した。
自分は母から逃げたつもりだったが、
そこで学んだのは もっと酷い 『人間』 たちのしうちだった。
どれだけ自分は両親に守られて暮らしてきたのか・・・
心から思い知った。

3年間思い通りに学生生活を楽しんだ後は
親孝行に切り替えた
親の言うとおり、短大に進学し、
音楽の資格を取り、地元の人たちを教え
『先生のお母さん』と呼ばれるようになった母は
やっと満足したようだった

結婚を決めた時もなるべく遠くへ行きたかった
だからこんなに遠くへ来てしまった
結婚式の日、母が溶けるのではないかと思うほど
泣き続けていたのが忘れられなかった。


その母から手紙が届いた
もちろん、今までも普通の親子と同じように
宅急便や電話ややりとりしていたのだが・・・

封を開けて最初の文字を見たとたんに涙があふれてきた
読んでいないのに、何が書いてあるかすぐに分かった

『子どもたち宛に書いたメモ用紙を大切にとってありました。
その中であなた宛てのものが一番多かった。
どんなに頼りにしていたか、どんなに助けてくれていたか
それを見ればわかります…』

そこには母の後悔と謝罪と私をねぎらう言葉と
そして最後に
『大事な大事な千会ちゃんへ』
と書いてあったのだ。

その瞬間母に縛られていたもの、母を縛っていたもの
私を縛っていたものがぶちっと切れた。
身体中が、体の周りが何とも表現できないもので
包まれていくのだ
『愛』という言葉では表現できない
あれはなんだったのだろう…

いよいよおこったのだ
本当の解放が

そして今、私はマグマが噴火し終わったかのように
静かで、自然で、何もない
もうしばらくこの感覚に浸っていたい