「教える」ことは、知識や方法を渡すことです。
けれど、人が本当に育つのは、
教えられた時だけではないのだと思います。
むしろ、
「あなたなら大丈夫」
「失敗しても、そこからきっと何かを学べるよ」
と信じてもらった時に、
人は少しずつ、自分の中にある力に気づいていくのではないでしょうか。
私たちは、つい相手を思うあまり、
「こうした方がいい」
「それでは失敗する」
「もっとこうしなさい」
と、先回りして教えたくなります。
仕事でも同じです。
上に立つ人が何もかも細かく指示してしまえば、
その人はいつしか、
「言われたことをすればいい」
と思うようになります。
けれど、
「あなたに任せるね」
「困った時はいつでも助けるから」
そう言って信じてもらえた人は、
自分で考え、自分で決め、
その結果にも向き合おうとします。
もちろん、
「信じる」ということは、放っておくことではありません。
必要なことは、きちんと教える。
でも、教えたあとは握りしめない。
転ばないように、いつまでも手を引くのではなく、
転ぶことも、迷うことも、その人の人生の大切な経験として見守る。
教えることは、道を示すこと。
信じることは、
その人が自分の足で歩いていけると信じて、
そっと手を離すことなのかもしれません。
子どもを育てる時も、
人を育てる時も、
「私の思うような人になってほしい」
ではなく、
「あなたの中には、ちゃんと生きていく力がある」
そう信じる眼差しが、
何よりも人を強くするのだと思います。
教えただけでは、人は育たない。
信じられて、人は育つ。
そして、
誰かに信じてもらった人は、
やがてまた、誰かを信じられる人になっていく。
人を育てるということは、
もしかしたら、
その人の中にある力を信じ抜くことなのかもしれません。
全国古事記塾主宰
今野華都子絵と文記す
