女郎蜘蛛のトルコ駐在生活@イスタンブル -2ページ目

長くなりましたが、テルエル街歩き最後の記事です

 

 

 

前の記事👈で塔を紹介した、サン・ペドロ教会 Iglesia de San Pedroは、

 

いかにもムデハル様式な外観がとても素敵。

 

 

 

もともとは違う様式の教会があったそうで、

 

前のブログでも触れた、ムデハル様式の塔👈はそのために造られたものでしたが、

 

 

 

14世紀末に、教会自体もムデハル様式で建て直されたそうなのです。

 

壁のレンガ模様や、尖塔が突きでた屋根、八芒星形のタイル装飾など、ムデハルらしい特徴を持つ

 

テルエルならでは!な教会ですね。

 

 

 

内部は、19世紀末にネオ・ムデハル様式で改装されたもの。

 

ネオ・ムデハル様式は、中世のムデハル様式が19〜20世紀に再注目され、

 

モダニズムと融合させたスタイル。ガウディも取り入れています

 

 

 

壁に描かれた模様などにも、イスラミックな幾何学や八芒星のデザインが使われていました。

 

 

 

この教会では、「テルエルのロミオとジュリエット」と呼ばれている

 

13世紀に実在した悲劇の恋人たち(アマンテス)のミイラが発見されていて、

 

 

 

昔はむき出しのまま立てて展示されていたらしいのが驚き、今では石棺に納めて安置されています。

 

でも、別々の棺じゃ寂しくないのかな?って気もした。なんで一緒にしてあげなかったんだろう。

 

今生ですれ違ってしまったことを表して、手を完璧にはつなげずにいる姿の彫刻らしい

 

 

ネオ・ムデハル様式といえば、テルエルの玄関口ともいえる、

 

噴水つきのテルエル階段 Escalinata de Teruelもあります。

 

 

 

20世紀初頭に、テルエル駅🚆と旧市街の高台をむすぶため、

 

テルエル生まれの建築家によって作られたそう。

 

 

 

レンガ装飾と緑&白の星形タイルなど、中世のムデハルの要素もしっかり踏襲されていて、

 

ムデハルの町テルエルらしく、駅に到着した旅人を迎えてくれます。

 

 

 

中世にムスリムたちが生み出したムデハル様式と、

 

それを近代にヨーロッパ人が再解釈したネオ・ムデハル様式の、

 

両方を見比べることができるのも、テルエルならではの楽しみかも。

 

閑話休題的に差し込んでみた😁ローマ時代の水道橋

 

 

そんなムデハルの街であることをアイデンティティにしたテルエルでは、

 

ムデハル建築に使われる八芒星が街のシンボルになっていて、

 

 

 

市内の色んな所、それこそマンホールやリサイクルマークまで、八芒星が使われていました。

 

それは、同じく八芒星が多く使われるセルジュークの都市トルコのコンヤ👈やスィヴァス👈以上。

セルジューク時代に好まれて使われたので、トルコでは八芒星をセルジューク・スターとも呼びます。

 

 

 

セルジューク史ファンの私は、この八芒星のデザインが大っ好き!

自著の表紙にもデカデカと八芒星を取り入れてます

 

前述のサン・ペドロ教会の売店で、陶器でできた八芒星のアクセサリーが売っていたので、

 

 

 

是も非もなく購入しましたデレデレ

 

色はもちろん、ムデハル建築で使われていたということで、緑一択❣️

 

 

 

ほかにも、やはり八芒星のキーホルダーとマグネットも買いました。

 

 

 

……というわけで、1日ですべて観られる小さな街テルエルですが、

 

3回の記事に分けてお送りしたほど、私には思い入れと感動たっぷりの街でした。

 

 

スペインの、アンダルシア以外の地域に、

こんなにムスリムの痕跡が残っていると知って以来、

 

ずっとずーーーーっと行きたかった場所だったので、訪れることができて本当に嬉しかったです✨

 

街の中心のクリスマスツリー 街のもう一つのシンボルの雄牛の像がツリーになってました

 

 

次のブログではさらに北上して、もう一つのムデハルの街へ向かいます。

 

つづく

 

大聖堂👈のも含めると4つ)
 
 
 
最初に向かったのは、ホテルのすぐ近くにあった
 
エルサルバドールの塔 Torre de el Salvador

 

 

 

道のむこうにその姿が見えた時、

 

「ああ、これを見たくてテルエルに来たかったんだ‼️」と感動が溢れました泣くうさぎ

 

 

 

14世紀に教会の鐘楼として建てられたものですが、マグレブ地方のミナレット🕌と似ています。

 

緑と白の釉薬タイルと、レンガで作った複雑なアーチの連続模様が、なんてエレガントラブ

 

 

 

ムデハル様式建築の研究センターも入っているこの塔、内部が公開されているので、もちろん入場❣️

 

 

 

まずは、視聴覚室で映像による解説ムービーを観ましたが、

 

年老いたムスリム👳‍♂️️️️️️️️️️️️️️️️️️が当時を回想するというストーリーで、とても良かったです。

 

 

 

122段の階段で上がっていくと、最上階は展望台‼️ 

テルエルの街が見渡せました✨

 

 

 

余談ですが、ここの入場券が素敵だったので、帰国🇹🇷してからラミネートしてしおりにしてみました。

 

 

 

ちなみにこの塔、2020年にスペインで造幣された2€硬貨のデザインにも採用されたんですって❗️

 

これいつか、欲しい‼️

 

 

この塔が付属していたサルバトール教会にも入りました。

 

12世紀建立ですが、17世紀に再建され、

街で最も重要なバロック建築の一つだそう。

 

 

 

次なる塔は、サン・マルティンの塔 Torre de San Martin

 

14 世紀初頭に、同名の教会の門塔として作られたもの。

 

 

 

こちらも白と緑の釉薬タイルとレンガの複雑な模様が美しい。 

 

4つの塔のつくりはよく似てますが、表面の装飾は少〜しずつ違って、私はこの塔のが一番好きです。

 

 

 

塔の下が通路になっているのも、共通する特徴ですね。

 

 

 

この時期のヨーロッパでは、どの町でも教会前の広場などで

 

イエスキリストの誕生シーンを再現したネイティヴィティが展示されますが、

 

バレンシアの

 

 

アラゴン州で見たものは、ミニチュアタウンのようにベツレヘム👈の町(?)を再現するようで、

 

子供たちなどが歩いて周れるようになってました。

 

テルエルでは、この塔の足もとの広場がその会場になっていて、

 

 

 

カトリックの行事の背後にムデハルの塔がそびえているのが、なんともこの土地らしい光景でした。

 

ライトアップで塔もおめかしもされています

 

 

最後の塔は、サン・ペドロの塔 Torre de San Pedro

 

サン・ペドロ教会の鐘楼ですが、街の塔の中で一番低く、装飾も少ないことから、

 

一番古く、13世紀後半に作られたと考えられているそう。

 

 

 

ここは、この塔よりもサン・ペドロ教会の本体の方が面白いムデハル建築なので、

 

つぎのブログに書きますね。

 

 

 

今でこそ、こういう建築物は、異なる文化が融合した興味深い世界遺産なわけですが、

 

これらが生みだされた背景に悲しい歴史があったのも事実。

 

「この塔を造ったムデハルたち👳‍♂️は、きっとまたこの地がムスリムのものになって、

 

その時にこの教会はモスクとして、この塔はミナレットとして使うと信じてたんじゃないかな。

 

そのために、一生懸命にこんな立派なものを造ったと思うんだよね」

 

と言ったオットの言葉が、ものすごく腑に落ちました。やっぱりボーンムスリムの信仰に根ざす感想はさすが

 

 

 

ムデハルって、「飼い慣らされた」って意味で家畜などにも使う言葉だそうで、

 

「異教徒の支配に甘んじる者」っていう蔑称だった可能性もあるらしい。

 

経済的・物理的に、イスラム王朝の貴人たちのように中東などへ逃れる🏇ことができず、

 

異教徒の支配下となった慣れ親しんだ地に、残るしかなかったムスリム市民のムデハルたち。

 

 

 

肩身の狭い二級市民として暮らしつつ、追放や迫害の恐怖に怯えつつも、

 

自分たちの持てる最高の技術を使って、異教徒のための建造物を造った彼ら。

 

自分がいま作っているのは教会じゃない、将来のムスリムたちのモスクとミナレットになるのだ

 

という信念が心の支えになっていた、としても不思議はないですね。

 

 


彼らが追放されてから何世紀と過ぎ、

 

モスクにもミナレットにもなってはいないけれど、ユネスコ認定の「全人類の財産」になりました。

 

彼らの献身と忍耐、技術と知識によって生み出された建造物は、

 

イスラームを信じる者たちが生きた証と、誇り、そしてひたむきな信仰心を、今も世界に示しつづけているのではないでしょうか。

翌朝は朝早く、バレンシア中央駅前からバスに乗り込みました。

 

朝日が上がる中、海沿いに北上して行きます。

 

電車で行きたかったのですが、洪水の影響?かバスしか運行がありませんでした💦

 

 

向かったのは、私がずっと訪れたいと願っていた街、テルエルTeruel❗️

 

 

 

ムデハルの町🌙との異名も持ち、街にたくさん残るムスリムたちの置き土産は、

 

アラゴン州のムデハル建築群、として世界遺産に登録されています。

 

鉄道駅の駅名もタイルで↑

 

 

ムデハル Mudéjarとは、レコンキスタ後もイベリア半島に残ったムスリム👳‍♂️のことで、

 

アラビア語で「飼い慣らされた مدجن」とか「残留した者 المدجون 」という言葉から来ています。

 

これはアラゴンではなくコルドバですが……ムスリムの王がカトリック王に街を開け渡すところ

 

 

ムスリム☪️が支配していたイベリア半島は、11世紀頃から徐々にカトリック王ら✝️によって

 

奪還されていきますが、その際の降伏条約📄で、

 

「残留したムスリム(=ムデハル)たちの信仰の自由と財産の保護を認めること」が約束されました。

 

 

 

彼ら☪️の持つ、陶工や建築の技術、天文学、数学、科学などの知識が魅力的だった上、

 

人口的にも多かったというのもあり(アラゴンでは14世紀まで人口の1/3がムデハルだったとか)

 

しばらくの間は、取り決め通りにムデハル達と共存した時代🕊があったのです。

 

 

 

そんな時代に、ムスリムの技法でキリスト教徒のために作られた建築物が生まれますが、

 

それがムデハル様式と呼ばれるもの。

 

こういった、ムデハル様式の建物を見るために、この北スペイン旅行を計画したのでした❣️

 

 

さっそくですが、テルエル大聖堂は、こんな外観。

 

 

 

もともとは12世紀にロマネスク様式で建てられたものの、

 

13〜14世紀初頭にかけて、ムスリムの職人たちによってムデハル様式に増改築されています。

 

 

 

13世紀につくられた鐘楼は、アーチと何色かのタイルを組み合わせてあってイスラミック。

 

この塔の建築を指揮した、ムデハルの職人の名前(もちろんムスリムネーム)も記録に残っているそう。

 

スペインで最も古いムデハル様式の塔の一つ

 

 

そして内部の木製の天井は、「ムデハルのシスティーナ礼拝堂」とも呼ばれる

 

木組みの天井が、当時のまま残っています!この手の天井はシチリアやアンダルシアなどにも残ってますね。

 

 

 

イスラーム美術おなじみの星月や幾何学模様のほか、
様々な職業の人物や空想上の生物などの絵が描かれていて、融合した文化が独特な雰囲気。






そんな寛容な時代も16世紀には終わり、
ムデハルたちはカトリックへの改宗十字架を迫られるようになります。
この時に改宗したムデハルたちのことは、、モリスコ(ムーア人の意)と呼んで区別します。

 

改宗した者も、隠れムスリムと疑われ続け、最終的には大部分が強制追放されました。

 

モリスコ追放の図 小作人の多くの割合を占める彼らがいなくなったため、バレンシアとアラゴンは長らく衰退したらしい

 

 

彼らが去った後も、ムデハル様式の建物はカトリックの手によって17世紀まで作られ続けたのでした。

 

大聖堂の屋根にある光取りの塔も、16世紀にカトリックがムデハル様式で作ったもの。






そして、ムデハル様式は20世紀にまた注目され、ネオ・ムデハル様式が流行します。
この大聖堂のファサードは、そんな時代に作られた、新しいもの。


色んな時代のムデハル様式が見られるのが、この大聖堂の面白さかもしれません!






大聖堂の前にある考古学博物館は、無料で展示物はあまり印象的ではなかったけど、

 

屋上の展望台は、大聖堂のつくりがよく見えて良かったです。

 

 

 

テルエルのムデハル建築をめぐる街歩きは、まだまだつづきます。

バレンシア街歩き👇のつづきです・

 

 

 

さきほどの、中世の商工取引所の向かいにあるのが、バレンシア中央市場

 

ドームの上のメカジキ?の風見鶏がかわいい

 

 

スペイン風アールヌーボーが素敵な建物で、壁にはタイルが使われている✨

 

 

 

各地にある、観光客向け屋台村みたいなマーケットは苦手だけど、ここはそこまでじゃなく、

 

色んな食べ物が売っていて、面白かった。

 

 

 

試食させてもらったオレンジを子供たちが気に入って、オレンジとみかん🍊購入。

 

めっちゃジューシーで味が濃くて美味しかった〜

 

買ったみかんです、念の為。木から取ってないよ😅

 

 

バレンシアといえばパエリア🥘発祥の町!

 

鍋のままディスプレイされていて、パックに計り売りしてくれる。このシステム、いいなぁ。

 

 

 

まぁ、中東贔屓としては、

 

パエリアのルーツはアラブ人から伝わった米料理なんですけどね。

 

とは、忘れず書き添えておきたいけどねニヒヒ

 

 

 

市場をあとにして、今度はバレンシア在住のブロ友つなみさん👈に教えていただいた、

 

聖ニコラス教会 Iglesia de San Nicolás de Bari y San Pedro Mártirへ。

 

 

 

修復が終わったばかりのここは、「バレンシアのシスティーナ礼拝堂」と呼ばれるほど

 

フレスコ画が美しいと聞いた、その言葉の通りだった!

 

 

 

隙間なく描き尽くされた見事なフレスコ画。贅沢な空間。

 

 

 

ここでは1時間に1回光のショーを行っているそうで、拝観料🎫はそれ込みの金額になってます。

 

 

 

事前予約をしてない私たちが入ったのは、次の回まで50分というタイミングだった😓けど、

 

せっかくなので教会を眺めながら待つことに。

 

で、始まったら、これが、

 

 

 

ショーとか興味ないなー、歴史的建造物はそのままで十分に魅力的よえー……とか思ってた私ですら、

↑まだ見ぬのものに対しての偏見すごい😅

 

なかなか素敵だった!と思えるものでした。

 

 

 

ちなみにこの教会も、昔はモスク🕌が建っていた場所なんですって。

 

ちなみに② 教会の名にあるバーリの聖ニコラスはサンタ🎅のモデルとなった人で、出身はトルコ👇

 

 

 

さて、明日からの旅程は、子供の喜びそうなものはない、私しか喜ばないエリア😅に行くので、

 

この日の後半は子供たち向けの施設へ。

 

それがここ、芸術科学都市 Ciutat de les Arts i les Ciències

 

 

 

科学博物館、プラネタリウム、水族館、劇場、庭園などからなる複合施設です。

 

まずは、ヨーロッパ最大の水族館というオセアノグラフィックL'Oceanogràficへ。

 

 

 

娘(9)が水族館大好きなので期待して行きましたが……

 

うーんニヤリ 正直申し上げると、そこまですごいとは思わなかったかなー。

↑忖度しない性格でスミマセン!

 

日本の大きめ水族館の方が全体的にすごいと思いまふ。。。シーパラダイスとかな

 

 

 

で、お次は隣の建物、フェリペ王子科学博物館 Museu de les Ciències Príncipe Felipe❗️

 

 

 

3階建ての建物に、科学の多岐に渡った分野地球薬飛行機スマホ爆弾の展示があって、


その多くは触って体感できるようになってます。

 

 

 

理系脳の息子(8)やオットにはすごく楽しかったらしく、閉館時刻までいました。

 

 

 

一方、理数系のことに1ミクロンも興味を持てないアテクシ大あくびは、あくびしながら座って待ってて、

 

「はぁ、この時間を国立陶器博物館👈を見るのに使いたかった……」とか思ってたけど。

 

唯一興味を持ったのは、ガリレオが作った天体望遠鏡くらい。(←歴史に結びつけると興味もてる)

 

 

 

そんなこんなで、気づけばすっかり遅くなってしまい、

 

ブロ友つなみさんにオススメして頂いた、パエリアのお店の営業時間には間に合わずえーん

 

 

 

結局、自分たちで探したお店でパエリアのディナーに🍽

 

バレンシア風は、うさぎ肉といんげん豆のらしいですが、

 

魚介のを注文したら、海老などのミソからビスクみたいに旨味が濃厚に凝縮したのが来ました😋

 

 

 

バレンシアは、このくらいの駆け足でも大体のところを周れる規模で、満足感が高かったです✌️

 

明日からはスペイン北部へ、念願の町へ向かいます❗️

 

バレンシアの凱旋門・セラノスの門

 

 

クルーズ船はスタート地点のバレンシア🇪🇸に戻ってきました。

 

 

 

ここでクリスマス地中海クルーズ旅🛳は終了です……が❗️

 

ここからしばらく、私の念願だった、

 

スペイン北部に残る イスラーム時代の置きみやげを追う旅を続けます。

 

 

 

私の欧州旅行記は、ムスリム目線で書く☪️ことで差別化できるかなと思ってますので、

 

需要は不明ですが😅、今回もイスラミックな片鱗を探しつつヴァレンシアを歩きます。

 

まずは、バレンシアの中心部にあるサンタ・マリア大聖堂へ。

 

 

 

この周辺は、石畳の広場に噴水や教会や塔なんかが並び、

 

夜にはライトアップされて、中世のような雰囲気のある美しいエリアでした✨

 

 

 

この場所も、レコンキスタの前のイスラーム支配時代にはモスク🕌が建っていたそうです。

 

この門がモスク時代には入り口で、この真裏の門がミフラーブ(メッカ🕋の方角を表す窪み)だったとか。

 

乗船前のクリスマス数日前の夜には、この門の前でクリスマスキャロル隊が唄ってました

 

 

 

ファサードや塔に施された彫刻がとても美しい大聖堂ですが、

 

 

 

内部は意外とシンプルでこんな感じ。

 

 

 

隣の聖母デサンパラドス聖堂では、ちょうど結婚式が行われてました。

 

 

 

大聖堂前の広場では、クリスマスマーケットが開催中。

 

 

 

中には、バレンシア郊外の陶工街マニゼスで作られるマニセス焼きの出店も‼️

 

バレンシアは陶磁器生産が盛んな地だったのですね!あのリヤドロも、バレンシア州の企業でしたか!

 

 

 

タイル(アズレージョ/アスレホ)や陶器生産の技術は、

 

もちろんイスラーム時代の置き土産☪️でございます。

 

 

 

レコンキスタ後も、バレンシアにはムスリムの陶工👳‍♀️🏺が活躍しつづけ、

 

17世紀初頭までモレスコ(=キリスト教に改宗させられたアラブ系ムスリム)の職人が生産を支え、

 

イスパノ・モレスク(=スペインのムスリム様式)の陶器は、欧州各地へ輸出されていたそうです。

 

 

 

市内には国立陶器・装飾芸術博物館もあって、私はめちゃくちゃ見たかったのだけど💦

 

子供たちの予定などあって時間が限られているので、今回は諦めました悲しい

 

建物そのものも陶器の像があしらわれて立派なのですが、修復中?覆われてました


 

さて軽食にチュロスを食べようと、老舗のHorchatería Santa Catalina👈に入りましたが、

 

夜に通りがかった時は行列が出来てた!

 

 

ここは名前の通り、オルチャータという穀類から作るドリンクのお店で、他所より美味しかった!

 

オルチャータは、スペインではバレンシアが本場と認識されているそうだけど、

 

これまたアラブ支配時代にイベリア半島に伝わったものです。

 

ローマ時代の飲料が起源という説も、中東でメロンの種から作られるスブヤという飲料がルーツという説もあり

 

 

その近くにあるのが、バレンシアの経済発展がピークに達した15世紀に建てられた

 

商工取引所 ラ・ロンハ・デ・ラ・セダ


名称は絹の取引所、という意味らしい

 

 

この美しいホールで、金融取引の契約などを行っていたそうです。

 

 

 

2階にある広間は、ゴールドで彩色された木を組んだ天井が綺麗。

 

ここには商事裁判所があって、その下の階には負債を抱えた人が投獄されたりもしてたんですって。

 

 

 

中庭のオレンジの果樹園🍊と、八芒星(私の好きな形!)の形をした噴水には、

 

イスラーム時代の影響を感じますね。

 

背後に見えるサンタ・カタリナ教会も、モスクの跡地に建てられた教会

 

 

バレンシア、まだまだ見所があるので、次につづきます。