こんにちは![]()
予防薬の記載が抜けていました
5月25日に
CT・MRI検査内・視鏡検査を受けるので
検査担当医の先生から1週間前には
フィラリア予防薬は中止するように連絡を受け
(ちょうど20日が服用日でした)
検査後も使用できないので
5月~12月分までの残ってる薬は
かかりつけ医院が
引き取ってくれなかった為
捨てるくらいならどなたかに使って頂けたらと思い
娘がインスタで探してくれて
お渡しすることが出来ました
第4章の追加です
6月24日の発作状態で
発作及び粘液性のよだれが止まらなくなってることを
検査担当医に連絡すると
最終段階に近づいてきてるから
発作と誤嚥に気を付けて
かかりつけ医で処置してもらってくださいとのことで
セレニア💉をしてもらいました
この日は覚悟しましたが
8月まで本当に頑張ってくれました
食事面では
6月ごろからは
フードの種類も毎日・毎食変えて
3食にして少量でも何か食べないと
免疫が落ちるとまた急変すると思い
魚系は粉末お薬を服用させるのに良かったです
サバ・いわし・鮭など
お肉系は馬肉は食べてくれました
キューブ型の無添加冷凍食品も役に立ちました
7月9日ころからは
自分のベッドのある所から
私のそばに来たがって一日中横になっていました
睡眠もあまりできなくなってるようで
昼夜逆転の状態もありました
夜中には苦しいのか
頭をもたげて
泣く様子も見られました
元気な時は14.5㎏あったジョニーが
この時の体重は12.5㎏まで
落ちていました
7月12・13日は久しぶりの嘔吐があり
かかりつけ医にて
セレニア💉をしてもらいましたが
帰宅途中にまた軽い嘔吐
追加で嘔吐止めの薬を処方された
夏祭りひと月前に散歩がてらカートで
神社へお参り
少しやせていたが
神社へ来ると嬉しそう![]()
7月に入ってからは目立つような変化はなくて
無事に夏祭りを過ごすことが出来ました
夏祭りの時だけ帰省する息子夫婦とも会えて
この後20日過ぎから
日に日に具合が悪くなっていきました
今から思えば
夏祭りには地域のみんなと会える
お兄ちゃんにも会える
それだけで頑張ってくれていたのかもしれないです
20日過ぎからの食事・お水は
全てシリンジ使用になりました
お食事は口の横から
お水はまだベロが動いてたので
正面からシリンジで飲ませてあげると
ペロペロ上手に飲んでくれたので
誤嚥はしなくて良かったです
排尿・排便全くなしの状態で
この時圧迫排尿を初めてしてみると
たくさんでて
翌日からはシーツに垂れ流しの状態になりました
3時間ごとにアイスノン・ネッククーラーなど
変えてましたが
段々その時間も短くなり
少しでも温くなって来ると声出して
取り換えてほしそうになりました
目にも症状が出てきて
ジョニーの右目に白眼の割合も増えてきましたので
3種類の点眼薬使用
目に白い膜は瞬膜と
かかりつけ医が話してました
亡くなる前日には左目にも出てきました
誤嚥を防ぐために
娘が買ってくれたリラクッション
亡くなる前に届き
3日間しか使えなかったけど
ジョニーにとっても楽だったのか
有難かったです
四本足で立ててる状態なので
誤嚥もなく食事が出来ました
8月5日朝からパンティングが止まらない
意識が薄れて反応がない為病院へ
点滴及び輸液
処置量が多いので診療明細を添付します
診断名はジョニーの病名とは違ってます
この病院では違った明記になってます
病院が休みになるので
万が一のため、ステロイドは家で💉することになり
日・月曜日の2日分を処方
一晩中ハァハァがきつかったけれど
アイスノンなど取り換えるごとに
寝てくれました
朝、9時過ぎまで起きる気配なく
やっと起きて少しでも食事をとしても
受け付けない
何とかお水だけでもとあげると
かすかに飲んでくれて
リラクッションからベッドに移ろうかと
声かけた時に
一瞬、頭をあげてにこっとして
ベッドへ移動中の私の腕の中で旅立ちました
危険な状態の前日の5日ではなく
お兄ちゃんやお友達と同じ6日に
旅立ちました
やんちゃなジョニーでしたが
最後はちゃんと
後の事を考えて行ったのかなと思っています
長々とつづった文章ですが
ご訪問くださいました皆様ありがとうございましたm(__)m
次回最後にもう少し
闘病時期にこれがよかったなと思うグッズなど
思いついたことなど
纏めてみたいと思います






