前回のつづきです。

ちゃんと、考えてくれたかな??

 

 

わたしとしては、このように答えたい。

第二次産業の時代、第三次産業の時代ともに、

「経済」が人間を支配する時代。

 

ただし、「経済」は人間に対して、

第二次産業の時代には「生産力」を、提供させ、

第三次産業の時代には「消費力」を、提供させている。

この点だけが、大きく異なる。

 

わかりやすく言えば、

第二次産業の時代においては、労働者を、どれほど劣悪な労働環境で、どれほど低賃金で働かせようと―――何なら、誘拐してきた奴隷だろうと―――とにかく、

生産させてしまえば、勝ち!!

だったのだ。

 

むろん、現代においては、ここまで凶悪なことは行われていないし、各種の労働法規も整備された。その点では、ある種の「悪」は、駆逐された、と言えるだろう。

だが、現代(第三次産業の時代)においては、

生産と消費の立場が逆転しているのだよ!?

 

ムカシだったら、たとえば鋼鉄を生産すれば、かならず使いみちはあった。かならず買い手は現れた。だからこそ、鋼鉄を製造した時点で、それを「生産」と呼ぶことができた。しかし、現代では、何を製造しようと、買い手がつかない可能性があり、だれにも買ってもらえなければ、売り上げにはならず、売れなかった製品は、そもそも生産ですらない!―――すくなくとも、現代の経済統計の基準にしたがえば、そうだ。不良在庫をどれほど生産しても、まったく売れずに売上高ゼロなら、生産高もゼロ、という扱い。

 

つまり、生産と消費の立場はすでに逆転しており、したがって、こうなる。

消費させてしまえば、勝ち!!

 

借金してでも、破産してでも。

何なら盗んできたカネでも良いから。

とにかく、カネと使わせてしまえば、勝ち!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ムカシは一種の裏稼業だった、歌舞伎町とかのホストクラブが、カリスマホストとかいって急に脚光を浴びるようになった背景には、このような時代の変化がある。

「経済」が人間を規定しており、

「経済力」の序列が人間の序列であることは変わってなくとも、その範囲内での、生産と消費の逆転、という現象ならすでに起こってしまった後であり。

 

ムカシは、

生産する/させる ことに長けた人間が勝者になっていたが、

いまでは、

消費する/させる ことに長けた者が勝ち組になる。

 

わかるかな?

ムカシだったら、労働者をタコ部屋に押し込んで、地獄の長時間労働を強いることに何の疑問も感じない資本家が、巨万の富を築いた。

一将功成りて万骨枯る、とは、かならずしも戦場にかぎったものではなく、ひとりの資本家が名を為すには、その下には名もなき労働者の死屍累々…。

 

現代においては、ここまであからさまな労働における搾取は、ほぼ消滅したと言ってよいと思うが、だからといって、正義が実現したというわけではない。

 

近代と現代とでは。

生産と消費の立場が逆なのだ。

したがって、こうなる。

歌舞伎町のカリスマホストは、お客のお嬢様が、多額の借金を抱えて風俗店に沈むことを、まったく苦にしておらず、それどころか、むしろ、それを、心待ちにしている。

ひとりのカリスマホストが名を為すには、その下には、名もなき無数の女の子が、借金地獄と風俗店に沈んでいる―――。

 

ムカシだったら、とにかく生産させた者が勝ち、だった。

同じように、今なら、とにかくカネを使わせた者が勝ち。

ブラック労働、ブラック企業だって、十分社会問題になっているが、それ以上に、現代における からさまな搾取とは、消費活動における搾取 だ。

 

むろん、このブログの読者で、ホストにいれあげて風俗店勤務という人は、あまりいないと思うが。ホストクラブでなくても、ジャニーズ系アイドルでも、アキモト系アイドルでも同じことだし、あるいはK先生の教えに心酔して、借金して高額セミナーに通う、とかでも、話は、まったく、同じだ。

ここまで来ると、このブログでわたしがいままで述べてきた、

「ほんの一握りの勝者/勝ち組」の話と、完全に一致する。

具体的な商品の中身は、何だって良い。

とにかく「他人にカネを使わせる」のが上手いヤツが勝ち組になり、まんまと使わされてしまう者が、負け組なのだ。

 

こでが、現代という時代。

ついて、ゆけるだろうか―――?

つづく。

 

 

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