あなた(顕在意識)が この世に生まれてくるよりもはるか以前から、彼(潜在意識)は存在していた。

 

その、無限ともいえる長い生涯(?)のあいだに培ってきた能力は、そうとうなものであり、文字どおり

『この世のものとは思えない』ような能力を、彼は使える。

そのうえ、ご承知のとおり、彼は無条件にあなたに従順なのだから、言ってみれば、彼の能力はすべて、あなたのためのものだ。

 

 

おわかりだろうか?

スピリチュアル界隈で最近よく使われるようになってきた表現。

『意図する。』

『許可する。』

『許容する。』

などの言いまわしは、まさしくこの場面のためのものだ。すなわち。

『彼が その無限の能力を、無条件にあなたのために行使することを意図する/許可する/許容する』―――。

 

 

 

 

あなたは。

あなた自身(顕在意識として)を虚心坦懐に振り返ってみて。

『わたしには、本当は何の取り柄もない。』

『わたしは、本当に、ただの凡人だ。』

―――そんなふうに結論していたかもしれない。

じつは、それで何の問題もないのだ!

 

あなたは。

そんな無力な自分自身を認めたくなくって。

だからこそ、やせがまんをして、金銭面での苦悩を背負ってでも高額の勉強代を捻出し、授業料を負担してきたのかもしれない。

だが。正解は、ほんとうに意外な場所にあるのだ。

 

あなたは無知無能の凡人のままでよい。

無限の能力を持つ“彼”が、無条件に無償で、あなたのために働いてくれるから―――。

 

 

成功者。億万長者。天才。偉人。名人。達人。超人。超能力者。特殊能力者。異能の人。

神―――。

呼び名はべつに何だって良い。

およそ人間界で偉業を為したすべての者は、ようするに“彼”[他者としての潜在意識]との協力関係が、すばらしくうまくいっていた、というだけのことであり。

それ以外には、そこらの凡人と、なにひとつ変わることはない。

どれほどの偉業を為した偉人であろうと、顕在意識としての当人は、まったく平凡な、単なる凡人であり。未だ何の功績もあげていないあなたと、何ら変わることはない。

 

わかるだろうか?

偉大な業績をあげた偉人は 偉大なる才能の持ち主で、それに対してわたしなど平凡な凡人。

この対比の仕方は、だから、そもそも、根本的にまちがっているのだ。

顕在意識としての人間は、だれもが、まったくの平凡な凡人にすぎず、そこには例外など一切ない。

また、これは、そうでなくてはならない。

顕在意識としての人間、とは、別の言い方をすれば、肉体としての人間ということでもあり。その分野での「特別な才能」などというものが、もしあるとしたら、それは、身長が10m とか 体重が 1t とか。そうした方向になってしまい、人類の「種としての」基本前提が壊されてしまうだろう…。

(※意外に思えるかもしれないが、スポーツ選手が持つ高度な身体能力も、潜在意識によって発揮された潜在能力のひとつの形だ。「ゾーン」とか「ゾーンに入る」とかの表現が何を意味しているか理解すれば、そのことがわかる。)

 

 

 

実のところ、顕在意識と潜在意識が完全に分断されている人間など、この世に存在せず、だれしも、すくなからず、潜在能力の力を借りて 生きている。

その点から言ったら。

顕在意識と潜在意識は、まったく別の存在である。

というモデルは、モデルとしても多少、極端なのだが。

 

しかし、理解を促すための説明方法としては、じつに 適切だったようだ。

 

あなたは。

無知無能な、ただの凡人としての自分自身を自覚できたのなら、まったく正しい道を歩んでいる。

 

そのとおり。

あなた(顕在意識)は、それのみでは、まったくの無知無能であり。それで、まったく、なんの問題もない。能力を発揮するのは、彼(潜在意識/感情体)の役割だ。

 

無限の能力を持ち、なおかつ

無制限に あなたに従順な“彼”に。

存分に仕事してもらおう。

 

あなたの役割は、そのように“彼”に指示を出すこと。

じつは、たったの、それだけなのだ―――。

 

 

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