顕在意識と潜在意識は別々のものである、という見方をした場合。
これを読んでいるあなたは顕在意識であり、潜在意識は、見ず知らずの他者。
そうして、潜在意識は万能であり従順である、ということ。
言い換えれば、顕在意識としてのあなたは、無知無能なる主人である。ということ。
この事実を理解して、受け入れられるかどうかが、鍵だ。
繰り返して言うならば。
あなただけの。あなただけにしかない。
かけがえのないあなたの絶対的個性を引き出して活用するためには。
その特別な個性/潜在能力/特殊能力を有しているのは、あなた(顕在意識)ではなくあくまで潜在意識のほうである。
という事実を まず認め。
そのうえで、他者である彼(潜在意識)との絶対的協力関係を築くことが、不可欠である。
彼(潜在意識/感情体)との絆が深くなればなるほど、なにもかもが、うまくいく―――。
で。ここまでの話。言いまわしこそ、わたし特有の、どこか詩的な表現ではあるものの。それでも、話じたいは、すでに、どこかで 聞いたことがあるものなのではないか?
だが。わたしが言いたいのは、そこではないのだ。
とても重要なことなので、よく聞いてほしい。
ほかの論者が(もしかしたら故意に)見落としている部分を、いまから、わたしが 指摘する。
はっきり言ってしまえば。
あなたが潜在意識難民になってしまう理由は、この一点(が、理解できていないこと)以外には、ない。
さて。
あなたは、いつ生まれたのか、と問われれば。あなたは、自分の生年月日を 答えるであろう。
それは、あなた(顕在意識)の誕生日だ。
または、(顕在意識)の生まれた日、という見方だって、できる。
それに対して。彼(潜在意識/感情体)は、はるか太古の昔から生きている。はっきりいって、この世界の天地開闢よりも、歴史は古い。
天地開闢以前より存在していたというのなら。
彼(潜在意識/感情体)は神なのか!?
という話になってしまうのだが。
それでいて。絶対的に従順な性質―――。
このシュールさ/ありそうもなさ/理解不能さについて、すこし想像してみてほしい。
でも、ここまでの話は、半信半疑ていどでも十分。
それよりも、どうしても理解しておいてほしいのは、次の一点だ。
潜在意識は従順であり、万能。
しかし、ここでいう万能というのは、全知全能とは別のものであり、言うならば、もしもこの世界にぜんぶで1億種類の能力が存在するとしたら、そのうちの1万種類は使いこなせる、といった意味。(※もちろん、数字は比喩です。)
10000種類もの能力、というのは。
無知無能なあなた(顕在意識)に比べたら、とてつもないものであり、まさしく彼(潜在意識)は万能だ と言ってよい。
しかし、この世に存在する能力:全種類(約100000000種類)と対比したときには、それは、ほとんど無に等しいようなちっぽけなものとなってしまい。
ようするに、彼(潜在意識/感情体)にだって、できることと、できないことがあり。はっきり言ってしまえば、できないことのほうが、はるかに 多い。
いかがだろうか?
まるで常識のように、潜在意識は万能だ、などと言われているが。実際には、彼(潜在意識)には、できることと、できないことがあり。
ぶっちゃけ。できないことのほうが、はるかに多い。
ただし。できることに関しては。彼は無敵だ。
この事実。
あなたは知っていましたか??
さて。
『引き寄せの法則』というのは、結局は単なる法則であり、ただのプログラムのように、機械的に作用するだけなので。ようするに『法則』に対する配慮、などといったものは、一切いらない。
それに対して。
彼(潜在意識/感情体)は、文字どおり生きた存在であり、生命体である。彼と接するにあたって、生命あるものへの敬意を持つことは、欠かせない。
アファメーションが、場合によっては、ひどく有害になってしまうのは、そのためだ。『法則』がただのプログラムのように機械的に振る舞うことと、彼の従順性を、混同してはいけない。また、潜在意識は万能である、というときの万能を、彼自身の好みや方向性を一切無視した、無機質な全知全能と、混同しては、いけない―――。
彼は。
万能ではあるが、彼独自の得手不得手/得意不得意を有しており。
従順ではあるが、彼独自の好みがあるのだ。
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