手段を介さず、目的のものを、直接望め。

 

『引き寄せの法則』に関して、これ以上、教えるべきことなど、何もない。

また、国語力の問題としてなら、こんな単純なフレーズの、文意が不明ということは、ありえないだろう。

 

望みたいものを、単純に、望めばよいだけなのだ。

こんな、単純すぎるほど単純な話の、いったい、どこが難しいと言うのだろう??

ほんのすこしでいい。

あらためて、このことについて、考えてみてほしい。

 

 

 

 

 

『引き寄せの法則』って、ほんとなの?

『引き寄せの法則』って、信じていいの?

『引き寄せの法則』って、正しいの??

 

初学者向けの教本では、どうしたって、法則そのものの信憑性についても言及せざるを得ないため、それについての説明にもページを割くことになり、それ相応に、分量は、分厚くなる。

だが、法則そのものは、その気になれば、たったの1行で要約できるほどシンプルなものだ。

冒頭に掲げたとおりに!

 

そうして。だからこそ、このことについて、考えてみてほしい。

その気になれば、たったの1行に要約できるようなごくごく単純な事実を、わざわざ勉強して、習得しなくてはならないのは、いったい、どういうわけなのか?

 

分厚い本を何冊も読んだり。

偉い先生のもとに、足を運んだり。

高額のセミナーに―――大枚をはたいたり。

 

 

 

 

 

お金には価値がある、とされている、その最大の理由は、お金には、「自由がある」からだ。

用途を限定されず、『買いたいものを、買う』ことができる。

『ほしいものを、手に入れる』ことができる。

『自分の望みのものを、ただ単に「それを望んでいるから」というだけの理由で、手に入れることが、許されている』から―――。

 

そのように考えてみると。

あなたが『お金をほしがる』理由と、

『引き寄せの法則を、マスターしたい』理由は、完全に同じであることがわかる。

 

お金があれば、望みのものは、なんでも買える。

『引き寄せの法則』をマスターすれば、望みのものは、

なんでも手に入れられる。

―――こんなふうに。

 

だとすると。

『自由に使ってよい』お金を使って、

『自由になるための』引き寄せセミナーに参加するのは矛盾している。

あえて言うなら、それは「不自由の表明」に、なりはしないか?

『自由に使ってよい』お金を、わざわざ使って、

『わたしは不自由な身分であり、自由とはなにか、いまから勉強しなくてはなりません』と、宣言していることになるからだ!

 

わたしが高額セミナーに対して批判的である理由も、ここにある。

セミナーで教えられている内容が、かならずしも『無益である』とは、断定できない。

そうではなくて、わたしは、このように言いたいのだ。

『それは、無償で与えられるべきである』と。

 

―――無償で?

そんなことをしていたら、セミナー業者は、破綻してしまうよ??

そのとおり。

それでも『無償で差し出す』ことが可能な相手なら、いるだろう。

そう。

わたしが、わたし自身に。

あなたが、あなた自身に。

自分が自分に正しい答えを差し出すかぎりは、そこにお金など介在させる必要はないし、それ以上に、なによりすばらしいのは、『正答率がかならず100%になる』

ということだ。

 

自分自身に問い、自分自身の正解をみずから得ることは、本来、すこしも難しくはない。

それでいて、正解率は、確定的に、100%だ。

こんな、安易で安直で、なおかつ安全確実な方法を、あなたは、なぞ使おうとしないのだろう??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて。

『なぜ使おうとしないのか』ということの答えを、わたしはあなたに差し出したいと思っている。

惜し気もなく。

隠す気もなく。

あえて言うなら、今回のシリーズは、それが目的だ。

 

さしあたっての正解を言うなら、あなたは他人の創った他人の正しさに(まるで病気のように)感染させられていて、自分自身の正しさを確立できていない。

これが、すべての元凶だ。

 

―――自分自身の正しさを確立できれば、『引き寄せの法則』を使いこなせるように、なりますか?

はい。

 

―――自分自身の正しさを確立できれば、お金には不自由しなく、なりますか??

はい。

 

旧約聖書に由来する聖句、

I am that I am.

は、簡単にいえば、「わたしはわたしである」ということだが、うやうやしさのあまり、かつては、

「わたしは、わたしである者 である」などと、訳されていた。

 

この、わたしとしては、わたしである者のことである、というのと同じような要領で。

 

『わたしにとって、正しさとは。

 わたしにとって、わたしは正しい。

 ということだ。』

 

このように宣言できるようになったとき。

あなたの世界は、あなたのものだ。

このことが、あらためて宣言するまでもない自明の前提になったとき、あなたは、あなた自身の「正しさ」を他者へと「輸出する」ことができ、そうすることによって富を築くことだって、できる。

各界の著名なセンセイがたが、まさに そのようにしているように―――。

 

 

読了されたら…

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 引き寄せの法則へ

ブログランキング・にほんブログ村へ

 

辺境の地の零細ブログにつき…

どくしゃになってね…