世の中にいる『成功者』と呼ばれる人たちのすべてが、その人自身の『内界の力』を引き出して使っているのか、わたしは、知らない。

成功者の仮面をかぶって、億万長者を演じてはいても、その内実は、ボロボロ―――そういった事例も、実際には多くあるにちがいない。他人の『内実を暴く』ことに、わたしは、興味はないのだが。

 

わたしがこのブログで述べていることは、かなり独特で、かなり特殊である、と言ってもらってさしつかえないが、そうは言っても、個別の事例に、個別に相談に乗っているわけではない、という意味では、ここで述べられていることは、わたしなりの、『一般論』であり、だからこそ、起業について述べてはいても、結局、いつもどおりの、『内界の現実に、めざめる』とかの話に、なってしまう。

 

手を替え、品を替え。結局は同じことばかりを、述べている。

あなたの『内界』には、すべてがある。

裏を返せば、それ以外の場所には、なにもないのだ。

つまり、『外界』には、なにもない。

 

一見、すべてが存在しているかのように見える、物理的現実、現実世界:『外界』には、そのように見えはしても、実際には、なにもない。

逆に言って、一見、それがほんとうに実在しているのか、まったく定かではない『内界』:すなわち、あなたの心のなかには、そのようには、見えなくても、実際には、すべてがある。

 

証拠らしきものも、じつは、示せる。

苦節何十年とか、さんざんな艱難辛苦の果てに、やっと成功にたどりつく者たちがいる一方で、ポッと出の、10代の少女が、なんの苦も無く成功している例もある。

成功するのに年齢は関係ない、とか、成功するために苦労はいらない、とかの話は、すでに聞いたことはあるかと思うが、それにしても、『なぜ』そんなことになるのかと言えば、ようするに、『外界の基準は、一切関係ないから。』だ。

 

あなたが成功できるかどうかは、

あなた自身の『内界』を自覚して

そこから力を引き出すことができるかどうか。

じつは、たったの、それだけだ。

 

みずからの『内界の力』を自覚して、それを使うことができればあなたは成功できるし、そうでなければ、成功しない。または、『運良く』成功できても、他人の劣化コピーにとどまる。

 

他人の劣化コピーとして、かりそめの成功を掴んだとしても、『かけがえのない、わたし自身』を、そのまま表現して生きることは程遠く、その状況では他人といくらでも代替可能な汎用品にすぎず、はてしなく競争にさらされつづけ、没落のリスクは常にある。

そんな成功、ほんとうに欲しいか??

 

起業して成功するのに、『内界の力』は、かならずしも不可欠ではなく、ある意味、オーバースペックでもある。

とはいえ、わたしとしては、ここは、『内界』に、こだわりたい。

なぜなら、「かりそめの成功を掴む」ことは、わたしに言わせれば、『成功しないよりも、悲惨』だからだ。

 

一念発起して起業して。やってみたら売上は立ったから、一応、その仕事だけでも生活は成り立つようになった。その時点で、『起業に成功した』とは、言える。

とはいえ、それは見方を変えれば、単に会社員から自営業へと鞍替えしたにすぎず、「会社員としての安定を投げ捨てた」以外のことは、なにも起こっては、いない。

 

『いつか起業するのが夢です♥』という人は、その夢じたいが持つ盲点によって、大きなリスクを背負っている。

自分の会社をつくって、ある程度の売上も安定して確保できるようになり、その仕事だけで生活がまわる。その状態を実現できた時点で、『社長になる。』という夢を叶えたことにはなるが、

それと同時に、百万社とか一千万社あるとされる、わが国の会社たちのランキング最下位クラスに位置させられ、そこからは、もう、(ほとんど絶対的に)抜け出せない。

 

1%の勝ち組と99%の敗者。または、

1%の勝ち組と99%の負け組。という話は、このブログでは何度も取り上げているが、まったく同じ話が、ここでも成り立つ。

 

『社長になりたい』と願い、みごとにその夢を叶えたあなたは、それからというもの、自分の会社の経営/運営が生活の中心となり、あなた自身おアイデンティティーも、自意識も、あなたの会社を中心にして築かれる。最初のうちは、「社長」とか「代表取締役」とか「CEO」とかの肩書きが入った名刺が、うれしくて仕方ないかもしれない。

しかし、そんなあなたの会社は、というと。

否応なく、99%の負け組のほうに配置され、

否応なく、負け組専用の道を、歩かされるのだ―――。

 

 

 

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