『引き寄せの法則によって』手に入れるぶんには無料だから、『おトク』だ、換金できるぶんだけ利益にもなる、などという考え方は、はっきりいって、お金をナメているし、引き寄せをナメている。

これでは『法則によって』報復されてしまうのも、当然だ―――。

 

法則は法則であり、法則それ自体が、個々の人間に関心を持つことなど、ありえない。その点において、法則は決して人を差別しない!

 

しかし、それにもかかわらず、法則を甘くみていたら、法則によって報復される、という現象は、実際に起こり得るので、それについて書いておきたい。

 

法則をナメている、甘くみている、というよりは、

法則を『誤解している』と言ったほうが、正確だ。

とはいえ、その『誤解』の方向性は、もっぱら、安易で安直な、まるで「あなたも気分ひとつで、大金持ちにでも、すぐなれます!」とでもいうような、そのカンタンさを誇張した表現が先行することで、『引き寄せ』という単語だけが有名になってしまった、いわゆる「ひとりあるきしてしまった」という部分が、少なからず、ある。

つまり、宇宙の法則としての『引き寄せの法則』それ自体と、安易で安直な、中身のない、キラキラフレーズとしての「引き寄せ」とでは、いまや、まったく別のものなのだ。その点は、とくに、注意が、必要―――。

 

あなた自身は、どのようにして「引き寄せ」を知ったのだろうか?

エイブラハムとかの専門書を熟読してみたり、したかな?

 

背景に、宇宙の法則としての『引き寄せの法則』がある以上、

中身のないキラキラフレーズの「引き寄せ」だって、かならずしも、大ウソというわけではない。

とはいえ。 キラキラフレーズのほうの「引き寄せ」は、とにかく中身などなくていいから、とにかく「イイ感じに」ということが至上命題なので、いちばん肝心の、いちばん厳しい部分が、抜け落ちている。

おそらく、それは、故意に。

 

結論から言う。

現実逃避。 いまの現実から逃れたくて、『引き寄せの法則の力を借りたい』という場合、それは、絶対に、うまくいかない。

「これで現実を変えられるのなら」と、30万とか50万とかの「引き寄せセミナー」に申し込んでみても、単にお金が出ていくだけで、それ以上の成果は、一切ない。

なぜだろうか。

 

簡単にいえば、こういうことだ。

『この現実がイヤだから、どうしても免れたい』

と考えていて、そのために「引き寄せ」の力を借りようとすれば、どうしたって、ますます

『このイヤな現実を、引き寄せてしまう』

ことに、なるからだ。

 

だから、『引き寄せの法則』が あなたの望みどおりに作用するための第一条件は、そこに、

『現実逃避の要素が、ない。』こと。

イヤな現実から逃げ出すために、『法則』に依存しようとしていないこと。

 

いかがだろうか。

意外と厳しい、「引き寄せ」の現実。

この『現実逃避の要素が、あってはならない。』という条件ひとつで、多くの者が脱落する。第55話で描写したとおり、多くの者にとっては、「引き寄せ」とは、単に、お金を払ってでも「いい気分になりたい」ときの、現実逃避のための、消費材にすぎない。 「引き寄せセミナー」とかに行けば、お友達もできるし、いい気分転換には、なるかもね。

でも、それは

『引き寄せの法則を、マスターする』こと、それ自体とは、

なんの関係もないのだ!

 

 

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