Rael Maitreya
英語の短い動画で話されます
https://x.com/i/status/2044654916560675230
Koichi Elohim's crow訳
私は自分の目を信じません。これ、日本語でも言いますか?「自分の目を疑う」。完璧ですね。
目を信じてはいけません。
何かが真実であっても、それが自分の理解している「真実」と一致しないとき、人は皆「自分の目が信じられない」と言います。 なぜなら、「現実」と「意識」の間には「目」というフィルターがあるからです。
例えば錯視を考えてみてください。長さの違う線が並んでいて、どちらが短いかを問うようなものです。よく知られた例ですね。 しかし実際に測ってみると、同じ長さです。人々はそれを「錯視(オプティカル・イリュージョン)」と呼びますが、実際にはそれは「精神的な錯覚」です。なぜなら人は目を信じるからです。そして目は常に誤るのです。
真実を見るのは、意識、さらには超意識だけです。
だから目を信じてはいけません。
簡単な例があります。
日の出を見るのは好きですか?
楽しみますか?
しかし太陽は昇っているわけではありません。
地球が回転しているだけで、太陽が昇っているように見えるのです。 太陽は昇っていません。私たちが回っているのです。 これ以上わかりやすい錯覚の例があるでしょうか?そして日の入りも同じです。太陽が沈んでいるわけではありません。地球が回っているだけです。
それでも私たちは「日の出」「日の入り」と呼び、それを楽しみ、瞑想までします。しかしそれは錯覚なのです。
だから目を信じてはいけません。決して。 これが、意識的・超意識的な人と、一般の人との違いです。
一般の人は錯覚に導かれ、目を信じ、「確かに見た」と言います。 犯罪の目撃者がいるとき、人はその証言を信じます。
しかし多くの場合、目は間違っています。 だから目を信じてはいけません。
意識を信じるのです。さらに言えば、超意識を信じるのです。
何かを判断する前に、「自分の目を信じない」と考えるべきです。
マイトレーヤ・ラエル
