Rael Maitreya
Nobby Raelian
動画訳
マイトレーヤ・ラエル:自分の身体をどう捉えるべきか?
私たちは世界で唯一、自分たちの身体に宿るこの美しさを称えている宗教組織です。
そして、宗教的な文献が一致して語っているように、すべての宗教において、ある人々が「神」と呼ぶ存在、私たちが「創造者たち」と呼ぶ存在の姿に似せて創られたものです。
自分の身体を恥じたり憎んだりすることがどうしてできるでしょうか。自分が創造者、あるいは創造者たちの姿に似せて創られたのに……。
裸や自分の身体を恥じることは、神と呼ばれる存在、私たちがエロヒムと呼ぶ存在を恥じることになります。彼らの姿に似せて創られたのに、自分の身体を憎んだり、その一部を汚いと考えたりすることはできません。
古くから聖典を読み続けてきた人々は、私たちを創造した存在や、神をまだ信じている人々にとっての神が創造したものを恥じることはできないと理解していました。
そしてエロヒムが複数の存在であると理解することこそが、宗教的伝統を尊重する唯一の方法だと気づいたのです。
私は、裸こそが最も美しい讃え方だと考えます。それを見つめ、讃えることで、私たちの創造者であるエロヒムを讃えるのです。
なぜなら彼らは、私たちと同じ姿であり、自らの身体をすべて愛しているからです。そして私たちにも、自分の身体の全てを愛するよう求めています。
たちがセミナーで祝う裸の喜びは、あなたが自宅でも祝えるものであり、それはエロヒムを讃える最も美しい方法です。
自分の身体を憎みながら神、つまり私たちが呼ぶところのエロヒムを愛することはできません。私たち自身がエロヒムの姿に似せて創られているのに、どうして自分を憎んだり汚いと考えたりできるでしょうか。
最も美しい方法は、自分の身体を大切にし、それを讃えることです。私たちが持っている宗教性を大切にし、それを表現する最良の方法として、自分の身体を大切にするのです。
そしてエロヒムが私たちに与えてくれたすべての規律を守ることです。
例えば、
あらゆる種類の薬物を拒絶すること、
週に一度断食すること、
健康を保つことです。
健康を保つことは、古代の伝統が「神殿」と呼んでいたものを保つことなのです。その神殿とは私たちの身体です。身体は神殿なのです。身体を神殿として見なければなりません。
ある神秘主義者たちは「神はそこに宿った」と言いました。そして私たちは、エロヒムが地上に宿ったのだと理解します。私たちは地上におけるエロヒムの化身なのです。
そこにはただ塵しかありませんでしたが、エロヒムの精神がやってきてDNAを組織し、私たちが生きる者となるようにしました。
私たちは地上におけるエロヒムの化身なのです。 私たちの身体は神殿です。その神殿は内側も美しいものです。
神経細胞、意識、感情があります。同時に外側も美しいものです。私たちは皆、驚くべき美を持っています。自分自身を愛してください。自分を完全に愛せなければ、他者を愛することはできません。
身体の大きさがどうであろうと、体格がどうであろうと関係ありません。ただし、食べ方によって極端な状態にならず、合理的なバランスを保つ方が望ましいのも確かです。
どんな姿であっても、どんな体型であっても、自分を愛してください。
あの素晴らしい映画『E.T.』を思い出してください。最初は怪物のように見える存在が登場します。しかし彼はあまりにも多くの愛と意識を放ち、最終的に美しい存在として見られるようになります。
そして私がとても好きなもう一つの映画『エネミー・マイン』を思い出してください。ぜひもう一度観てください。そこでは、最初は人間が嫌悪感を抱きやすいトカゲのような存在が描かれます。しかしその存在は多くの人間以上に大きな愛と意識を示し、最終的にその存在を美しく、素晴らしく、驚異的で、模範的だと感じるようになります。
また、犯罪者も非常に美しいことがあります。絶対的に壮麗なギリシャ的な美しさを持つこともあります。例えば、ギリシャ神話の神々のような顔立ちをしていたナチスの犯罪者たちです。彼らは拷問者であり、真の意味での犯罪者でした。外面的な美しさ――それは確かに存在します。しかし何より優先されるべきは内面的な美しさなのです。
マイトレーヤ・ラエル
フランス語で話してある映像
マイトレーヤ・ラエル:自分の身体をどう捉えるべきか?… pic.twitter.com/FtJ6Urb9dy
— Nobby Raelian (@NobbyRaelian) August 29, 2025
