さて、また読まれないようなタイトルで書いている。
こういうことはこのブログで書くべきかどうか悩む日々(でも書いちゃう・笑)
ここ数日、大きく話題になっている上野千鶴子氏の東大入学式の祝辞(全文)
まだ読んでいない方はこちらをどうぞ
この祝辞、多くの賛辞が飛び交うのと同時に、当事者の大学生のなんともな反応や、出席していた父親の違和感などいろいろ見えています。
ちなみに私は、10年前に(入学式には出ていないけど)長女が東大に入学した経験を持つので、完全な部外者ではないと思っていて、
そしてこの祝辞を娘が思いを込めてシェアしていたのを見て自分が読んだわけです。
世の中の皆さんが強く心を打たれた(わたしも)文章の一部はこちら↓
がんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。あなたたちが今日「がんばったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと...たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。
あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください。
長女は一人親(=私)に育てられた子どもで、田舎の雑草育ち(笑)なので、東大生の平均的ご家庭とはほど遠い環境で、それでも我が家は実は、年収はともかくとして「豊か」な部類に入っていたのだと思います。わたしのサラリーマンとしての初職16年の給与が比較的高かったこと(女性としては破格になります)、夫死別後は地方公務員へ転職をし、同世代の男性と同じ程度の年収があったこと(大企業とは比較になりませんが、暮らすのには十分)。持ち家であり、かつ、前職の早期退職金上積み制度でローン完済済みであったこと、ゆえに、長女は奨学金を使わず進学をしているということ。
それ以前に、本人が求めた本を買うのも、中学でのホームステイも、高校での留学も、ためらうことはない程度の家計であったと言うことと、そういうことにわたしが積極的な親であったということは、教育環境としての「豊かさ」だと言えるかなと(幼児・小学生時代の習い事や塾に無駄にお金を使わなかったのは、田舎のラッキー)
…つまり、我が娘が得られた環境はそれなりに知的好奇心を刺激出来、親をはじめとした多様な人的資産に囲まれていたということでもあります。そこからがんばることへの動機付けをされ、それなりの心理的安全性を担保されながら、「女の子だから」と言われることなく(そりゃわたしが母ですからw)挑戦できたわけです。もちろん結果の99.9%は彼女の努力の賜物であることは間違いがありません。けれども努力できるだけの環境があったといえば、それはそうでしょう(環境があったからといって、やらなければそれまでなので、やっぱり長女の手柄であることに変わりはないのですが)
「女の子は東大なんて行ったらお嫁にいけないから止めなさい」と親に言われて「東大はやめて◎◎大にしたんです」と、うちの娘に向かって無邪気に語るお嬢さんに会ったことがあります。その方は別にそれを「自分にとって嫌なこと」だと思っていないから、そうおっしゃったのでしょう(差別意識を内在していることには気がついていないので残念)。でも、それを聞いたとき、わたしも長女もとても嫌な気持ちになりましたが。
あ、東大の話をしたいわけではないのでした。
わたしがずっと気になっているのは別のことです。(すいません、回り道が長くて・笑)
ずっと女性の社会参画をテーマに生きてきている(仕事もしている)わたしは、ここ数年とても気になる言葉を見聞きしています。
先日もとある「女性公務員」がこんな発言(要旨)をしていました。
「女性活躍推進っていう言葉が嫌いで、その流れでなにか女性だから~と語られるのは迷惑に思うしずっと嫌だった。自分自身は女性だからと言って特に差別されたこともないし、困ってもいない。女性だから~と持ち上げられるのも特別視されるのも、理解できない」
似たような話は、各企業の女性管理職、女性経営者からもよく聞かれます。それはずっと嫌に思っているのですが、これを地域の暮らしをよくすることを使命とする公務員の発言として聞いたときの違和感がずっと消えません。自分が差別されなかったからといって、地域にそれがないと思ってしまう無自覚があることが、とても残念なのです(その方はいい仕事をなさっているからこそ)。
そして今回の上野先生の言葉を読み、ああ、こういうことをわたしは言いたかったのだと腹に落ちました。
”がんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。”
生存バイアスという言葉があります。
最近だと「就職氷河期卒業だからといって、自分はこうしてちゃんとやれている。環境のせいにするのは甘えだ」というようなものです。
自分が上手くいったのは努力の成果なのだと、だからそうなっていない人を「努力不足」だと断罪することで、世の中はよくなるのでしょうか。そこは本当に石を持ち打ち付ける相手なのでしょうか。
でも、これらの発言をする人の多くは日常的には差別意識を持った人ではありません。真摯に生きているきちんとした大人です。ゆえに「自分も大した人間ではなかったが、頑張ってこうなれたのだから、そうならないのはあなたが怠けているからだ」と思っているのです。この無自覚は、なかなか自覚に至りません(似た者同士で集まる習性もそこに作用しています)。
多くの場合、この相互の分断が生み出すものは、世界を狭く狭くすることでしかありません。でもそんな世界を作りたいと思って、そんな発言をしているのでしょうか?そんなこと、誰も考えて望んでいるとは思えないのです。そこは攻撃対象ではないはずです。
今何かをつかみ取れている人も、つかめないでいる人も、それぞれがそれぞれのベストを尽くしながら、少しずつ余力を差し出して支えあう世の中になることって、誰にとってもいいことじゃないでしょうか。
それは「そうじゃない人の努力不足を責めている」あなたの立つ土台が柔らかく温かく広くなることであって、あながが努力して得たものを棄損することにはならないのです。
時代が変化し、いろいろな立場の人が世の中に参画できるようになっています。
24時間戦いたいと思っている人だけが生きていける世の中よりも、いろいろな事情がある人すべてが、できることで思い切り自己表現し、参画していける社会のほうが、きっとだれにとっても生きやすいのではないでしょうか。
昔読んだ本で、こんな言葉をもらいました。
「あなたが生きやすい社会を作りたいのであれば、あなたがいてほしいと思う隣人にあなたがなりなさい」
決して人にやさしくもないし、自己犠牲精神もない私ですが、合理的に考えても、それが一番だと思うんですよね~。
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