絶賛登校渋り中の次男。
放課後に学校には行けてるのですが、通級の教室で過ごしてイロイロあってから、登校時間に学校に行けてないです。
↑こちらにも書きましたが、栄養教論の先生と度重なるトラブルがありました。
さらに2年生になってからのトラブル後から、次男は給食室を避けて通るようになりました。
そのことも学校へ伝えていて、通級の先生にも解離性健忘のことやその関連から給食室に行けないことを伝えていました。
この時は、通級での支援を受けていく事を視野に入れていたので、通級の先生へは詳細を伝えました。
次男は、その翌日に詳細をお話しした先生と通級で1日過ごしていたのですが、↓ブログにも書いたけど、何だか変な感じになってきたんです。
私は旦那に、変な感じに荒れているのが、解離性健忘の関連の出来事があった時の荒れ方と同じだけど、学校で何かあったんじゃないかな?と言ったのですが、旦那は、学校には伝えてるからそんな出来事はあるはずないやろと。
荒れ方が何だかおかしかったこともあったので、通級の先生がどんな声かけ等をしたのか気になり、旦那と他の先生を交えてお話しを伺いました。
どんな声かけをしたかで次男への対応の仕方も変わるなと思ったので。
通級の先生はこちらが質問するとその内容を交わして話すし(それは意図的にしてるのだと私は思います)、
そもそもこちらはの話しを聞いてないのだなとわかったのが、解離性健忘の関係から給食室には行けないと伝えていたのですが、給食室に行っていたことがわかりました。
さらに、旦那を交えて話してたときと、旦那が居なかった時の態度が全く違うことに不信感を抱きました。
児童精神科の先生とお話しする機会があり、話しを聞く限りそれは解離性健忘に間違いないけど、診断をするにしても話しを聞くだけで、投薬治療もないし何せ症例がないから手立てがない、何かしら精神的に出てきたときに治療しか出来ない、と言われました。
解離性健忘は子どもの時に気付くことは少なく、周囲も中々気付かないため、子どもの時に気付いて大きくなった時の症例がないそうです。
発達障害のある子ども達は、気付かれないだけで解離性健忘を起こしやすいとは思う、と言っていた小児科の先生もいました。
症例がないからハッキリとはわからないけどとも言ってました。
私自身、精神福祉障害者手帳を持っていた時期があり、解離性障害になった経験もあります。
解離性障害は様々な症状がありますが、私自身は健忘があったわけではなく、解離性障害を調べていた事があったので症状を知っていました。
解離性同一障害(いわゆる多重人格)は、子ども時代の度重なるトラウマから、別の人格を作り上げます。
その原因となった記憶は忘れてしまっていることが多いいようです。
そういったことからも、子どものときに起きた解離性健忘の症例は少ないようです。
大人になってからの解離性同一障害の治療(心理療法)はトラウマと向き合うので、とてもキツイと聞いたことがあります。
健忘に関係のあることに関しての情緒的な不安になったときは、本当に手に負えなくなります。
無条件で安心感を与えてあげればいいのでしょうが…
変なこだわりをしだし、全く話しが通じなくなり、人の嫌がることを見事なまでしてきて、スルーをしていても怒るまでしつこく怒らせることをしてきて…
かかりつけ医からお父さんの嫌がることをピンポイントでしてきてなんて賢いんだ!と褒められたことがあるほど、観察力が鋭すぎます。
いや、そこ褒められても複雑なんだけどさ
こっちのメンタルがズタボロになり、さらに攻撃してきます。
しかも今回、健忘関連で不安定になっているとハッキリとわかったのが遅くなってしまって、後手後手となったのが、登校渋りが長引いてる理由でもあるのかなと。
私の感覚では、健忘関連で不安定になったら、1週間以内をメドに対応しないとめっちゃ長引くなと感じてます。
自分も精神病んでたし、実姉の激しい産褥期精神病(激しい躁状態)に2回、付き合った経験がありますが…
昔のTVドラマの暴れる精神病患者というか麻薬中毒者というか…そんな感じでした。
それでも次男の対応はキツイなぁと
ちょっとずつ良くなってきたのですが、まだまだ不安定です。
まぁ、学校へ解離性健忘のこと話したとき、トラウマからフラッシュバックするんですね!きついですね~。わかりますよ!と言われて呆然としたのですけどね。
健忘を思い出してフラッシュバックするわけではないな…
理解しにくい事だから仕方ないのかな。
自分のメンタル整えつつ、対応していくしかないのだろうなと思います
