うん、いい気付き!!😆
こんな風に彼女の言うように「自覚症状なし」のところから、
どれだけ無意識の思考に気付けるか?
それが人生を変えたいなら必須の作業と言っていいです☺️💕✨✨
人間の行動の95%が無意識ですからね✨
溺女(溺愛される女性)っていうのは、
自分や自分の周りを取り巻く事柄と深く向き合って、
物事の意味を熟考できる人のことだと私は考えています☺️
単純に表面上だけで判断しないで、
物事の背景にまで想像力を膨らませて
思いを馳せられる人✨
いつだったか、
旦那ちゃんに出会って1ヶ月で私との結婚を決めた理由を聞いた時、
「ちゃんと自分の意見が言えて討論できるとこ」
って言ってたのが懐かしい…😭✨
(と言うか、この“理由”は聞く時々で変わるんですけどね😂)
その後で、
「多くの女性は物事に対しての自分の意見が無いし、
感情的になってディスカッションができないから…。」
とも言ってましたね✨
だから私はサロン内では、
メンバーに自分で深く考える機会を増やしてもらってるんです💗
その為に様々なコラムを日々投下したりしてます🤩💕
今週サロンとインスタに投下したコラムがとても好評で沢山のコメントをもらったので、
↓
昨日は前から行きたかった六本木の『文喫』へ📚✨✨
旦那さんと並んで寝そべって、
沢山の本を読んでるうちに、
私の過去の記憶と結びついて心の琴線に触れた題材がありました(/ _ ; )✨
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それは名作ヴィクトル・ユーゴーの小説『レ・ミゼラブル』の中のとある章。
人間の心が持つ複雑性と苦悩を孕んでいて、
過去にも何度も私の心の琴線に触れていたのだけど、
昨日も私の感受性にビシビシきて…
久々に読んでやっぱり心を動かされたので、
すっごく長いけど、投下します✨
ミュージカルや映画で知ってる人は、
ジャン・ヴァルジャンが「私は誰だ?」って自問するシーンを思い浮かべて下さい。
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〈あらすじ〉
お腹をすかせている家族のためにパンを盗んだ罪で19年間投獄されていたジャン·ヴァルジャンは、
仮釈放され自由な人間として新たな生活を始めようとしている。
ところが、仮釈放の黄色い通行証のせいで服役囚として目をつけられ、
町人たちに排斥され、路上で寝ることを余儀なくされる。
そんなヴァルジャンを司教が自宅に迎え入れ、食べ物と寝る場所を提供してくれて、彼の運が上向く。
その夜、ヴァルジャンは司教の銀食器をいくつか盗んで逃げ出すが、すぐに警官に見つかって司教の家に連れもどされる。
ヴァルジャンが驚いたことに、司教は警官に「銀食器は私がヴァルジャンに贈ったのだ」と話す。そのうえ、燭台のセットを持って行くのを忘れていると、ヴァルジャンを叱る。
警官が去ると、司教は燭台と引きかえに正直な人間になることをヴァルジャンに約束させる。
自分を恥じたヴァルジャンは、仮釈放中だったが逃亡して町を出る。
そして別人を名乗り、モントルイユ=シュル = メールの町に落ち着く。
町の主要産物である黒いガラス玉を製造する新しい効率的な手法を発明したおかげで、ヴァルジャンはあっという間に業界のトップにのし上がる。町にはホームレスと貧困者があふれていて、ヴァルジャンはふんだんに慈善寄付をしたり、仕事のない人たちを自分の工場で雇ったり、貧しい人たちを助けるためにあらゆることをする。そして慈善家として高く評価され、子どもを火事から救ったこで、モントルイユ= シュル = メールの市長になる。
そんな人生の絶頂期に、(町では別の名で知られていた)ヴァルジャンはやっかいな知らせを受け取る。
シャン・マチューという男がジャン・ヴァルジャンだとして逮捕されたというのだ!!
もし有罪となれば、この無実の男は仮釈放中逃亡の罪で投獄される。
…ヴァルジャン自身が世間に自分の正体を明かして、シャン・マチューの濡れ衣を晴らさない限り。
どうしようもない道徳的ジレンマに陥ったヴァルジャンは、自分の心の内を見つめて、
どうするか決断するために、気が狂いそうなほどあれこれを熟考する。
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(ここから内観)
最初に考えるのは、自分の人生のトラブルはいますべて解決していることだ。
ーおれはいったいなにを恐れているのか?
なにをこんなふうに思案しなくてはならないのか?
おれは助かった。
圧倒的有利な立場にいる。
万事片づいたのだ!!
これまではたったひとつだけ半開きのドアが残っていて、
そこからおれの過去(罪や正体)が今の生活に侵入してくるかもしれなかった。
そのドアが今や壁でふさがれたのだ!永久に!!
……おれがあれほど長い年月待ち焦がれてきた目的、夜ごとの夢、天に祈ってきたもの、身の安全、それがやっと叶えられたのだ!
そう望まれたのは神なのだ。
では、なぜ神はそう望まれたのか?
それはおれがはじめたことをやりつづけるため、おれが善行を積むため、いつかおれが偉大で、ひとを勇気づける模範になるため、おれが耐えたあの冤罪とおれが立ちもどったあの美徳に、やっとすこしだけ報いがあったとみんなに言われるためなのだ。
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ヴァルジャンはこの結論にほんの一瞬満足するが、すぐに自問しはじめる。
どうしてそんなごまかしを続けられるだろう?
「他人からその存在、生活、平和、日の当たる場所を盗もうとしているのか?
おれはひとりの哀れな男を精神的に殺そうとしているのか!?」
無実の男が自分の身代わりに有罪宣告を受けているのに、どうして黙っていられよう?
それは司教と約束した人生とはちがう。
正直な人間になると誓ったのだ。
いま司教は何と言うだろう?
この犠牲を払うこと、つまり無実の男を救うために自分が逮捕されることが、自分の義務だとヴァルジャンは決断する。
…しかし考慮すべき別の要因もある。
ヴァルジャンは再び自分の考えに疑問を投げかける。
これまでの理屈ではとても重要な事実を無視していた。
おれがまた徒刑場にもどされる。これはいいとしよう。
ではそれから?ここではどんなことが起きるのか?
ああ!ここにはひとつの地域があり、町があり、いろんな工場、産業があり、労働者たち、男や女たち、年取った祖父たち、子供たち、貧しい人たちがいる!!
おれがこれらすべてをつくり、生かしてきたのだ。
煙突から煙が出ている家があればどこでも、おれが暖炉に火種を、鍋に肉を置いてきた。おれがこの安楽と流通と信用をつくったのだ。
おれ以前には、ここにはなにもなかった。
……おれが立ち去れば、すべてが死んでしまう。……もしおれが自首しなかったら?
何千人もの従業員を見捨てて失業させるわけにはいかないと、ヴァルジャンは気づく。
自分の助けがどうしても必要な家族すべてを置き去りにはできない。
…だいたい自分はほんとうにジャン・ヴァルジャンなのか?
ちがうかもしれない。
自分は新しい人間になったのだ。
そしてシャン・マチューはどうだ?
以前に盗みを働いている。
リンゴを盗んだのだ。たしかに彼はジャン・ヴァルジャンではないし、
仮釈放中逃亡もしていないが、前科がないわけではない。
人生もろもろ経験してきたあとで、これほど善行を重ねてきたあげくに、
どうして暗い監獄に自分を閉じ込めることができよう?
19年も孤独を経験したのに、どうしてこれ以上耐えられよう?
決断を下すことの激しい苦痛に身悶えて、ヴァルジャンは、家にあるかつての自分を思い出させるものをすべて壊しはじめる。
片っ端から暖炉に投げ込み、最後に司教の燭台を手に取る。
それをじっと見つめて、ヴァルジャンはもう一度自分の考えを振り返る。
昔、彼は正直な人間になると約束した。
いま、その約束を守るのか?
____________
ヴィクトル・ユーゴーの傑作小説『レ・ミゼラブル』の「頭のなかの嵐」という章で、
ヴァルジャンは自首するかどうかの決断に苦悶する。
その決定で影響を受けそうな人全員について考え、当然自分には責任を負えない影響があることも自覚している。
ヴァルジャンは間題を道徳的にも個人的にも、さらには町の人々にかかわるものとしても分析している。
自分の人生経験を振り返りながら選択肢を考え、思いつく限りの結果を熟考する。
ヴァルジャンは自分が見落としてしまう事柄もたくさんあると認識している。
さらに、自分が検討している一連の事実では足りないこともわかっている。
自分が置かれている状況の細かいところは知らないことも多い。
彼は従来の道徳規範を承知しているが、この場合、それをどう当てはめればいいのかという難しい問題に困惑している。
もちろん、約束は守られなくてはならず、正直な人間になるという司教との約束も例外ではないが、果たしてここでの正直な選択とは何なのだろう?それがはっきりしない。
シャン・マチューは仮釈放中逃亡の罪で投獄されるべきではないが、ヴァルジャンはどうなのか?
仮釈放中逃亡はふつうは悪いことだが、それは仮釈放そのものが不公平でない場合の話である。
仮釈放中、ヴァルジャンは自立した生活にもどるための公正なチャンスを与えられなかった。
追い払われ、虐待されたのだ。
その状況から逃げ出した罪で罰せられるべきなのか?
おそらく制度がまちがっているのだ。
警察をあざむくことは一般には悪いことだが、そのルールはこの場合に当てはまるのか?
ヴァルジャンは町にいることで人々を貧困や窮乏や死から守っているー。
________________________
溺女的に言うと「世界に与えている」ヴァルジャンが、
/
天国にとどまって悪魔になるか、
それとも地獄に戻って天使となるか?
\
という究極の選択をせまられていて…😭
あぁこの正解のない、
限りない問いよ…!!
自己受容と、
善と悪と、
罪と罰。
それを一気に考えさせるこの章に、
昔からずっと惹かれていたのでした😭🙏✨✨
「悪いこと」をした人は果たして、
「悪い人」なのでしょうか?
そういう祈りにも似た気持ちを、
時々考えます。
(まだまだ自分を許せてない人が多いから、
他人のことも許せない人は多い世の中よね)
そして、
「人間のいのち」というものの意味を考えさせられるわけです。
自分にできうる最大値まで世界に「与えようとする」ことよりも、
罪を犯さないことの方が「いのち」の使い方として正しいのか??
______
ここに、
自らの命を最大限に使い切って、
周りの人々の為に尽くして、与えて、これからも出来ること全てをやり切って自分という人間を使い切って
世の中に奉仕していこうとする男がいて、
でもその男には過去にたった一つの小さな過失があり、
=罪人なのだから
「与えようとなどしてはいけない」
「お前は命は輝かせるな」
と投げかける社会がある、と。
もちろん罪は罪ですよ!
ただ、
私たちが生まれてきた意味って、
「罪を犯さない為」なんだろうか?
「絶対に間違えない為」なんだろうか?😭✨✨
一度でも道を踏み外してしまったら最後、
犯罪者や落伍者のレッテルを貼られ、
まともな職につけず、更生するチャンスも無い。
そんな社会でいいのでしょうか?
与えたい、尽くしたいという思いを踏みにじられたバルジャンは、
仮釈放中に逃亡して別人に生まれ変わるしか道は無かったのでは?
…あなたならどうしたでしょう??
日本人は特に、
倫理や道徳上の意見が人と異なることを恐れますよね☺️
そのせいで自分の意見を考えることもせず、
大多数の意見をそのまま無自覚に自分のものにしてしまう人がほとんど💦
でも、
ものごとの表面だけでなく背景までも想像できる人が溺愛女子だと私は思うから、
良かったらぜひ考えてみて下さい✨
今日も応援しています📣
第1期メンバー募集150名満員御礼‼️
第2期メンバー募集85名満員御礼‼️
(キービジュアル Itsumi-graphic さん💕)
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\11期まで満員御礼‼️/
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