アヤワスカは奇跡を起こす薬…
その評価と口コミから、美しい世界を見ようと南米を訪れる人はたくさんいます
しかし、こういう言葉もあるのです
「アヤワスカを飲む人はたくさんいるが、
真に癒やしを受け取れる人は少ない」
アヤワスカを飲む人の多くは、実は、中毒症状や精神薬からの解放など、切羽詰まった状況の人のほうが少なく、現在は精神世界探求者のほうが大部分です
普通に社会生活を送れているがゆえに、切羽詰まった「誠の意図」がない場合、アヤワスカを飲んだ後の「統合」もいまいち真剣になりにくく、それゆえ「いい体験をした」でもとの世界に戻る人も少なくありません
アヤワスカのスピリットは、最終的には、本人しか真の癒やしを完結できないことを知っていますし、そのプロセスが美しく、また人生の醍醐味であることをもちろん理解しています。いわば「おいしいとこ」は残してくれたまま、静かに去って行きます
プレアデス星人のある本の一節であったと記憶していますが、、、
「あなたたち地球人は、真に切羽詰まった状況にならないと本気にならない」
祈り=意乗り=意宣りは、本人の「誠」の意図がなければなかなか宇宙に通じず、真の祈りとしてパワーに欠けるというのです
鬱や希死念慮でアヤワスカに辿り着いた人は、藁にもすがる思いの祈りの状態に既になっているから効果が即座に表れるのかもしれません
シャーマンの世界では、すべてのセレモニーにおいて、臨む意図がなにより大切だと言われます。またこの意図がなければ、結構怖い目に遭うこともありますし、何も得られないことが多いのです
そして最も大切なのは、セレモニー後の「統合」です
かつて、スピリットからこう言われたことがあります
『メディスンを摂り、気づいて行動して、
それでようやくセレモニーは完結する。
セレモニーに参加するだけがセレモニー
じゃない。セレモニーで気づいたことを
日常生活で実践して、それでようやく
セレモニーになるんだ』
私がよく言う「日常生活もセレモニー」というのは、むしろ日常生活のほうに自分が学べるヒントが散りばめられており、セレモニーで受け取ったことを実践していくのも日常生活にしかないからです

