これまでのあらすじ:親に妥協し、眼科に入った私。

最初にことわっておくと私が研修医であることを辞めたのは、
今日ここで述べる先輩研修医のせいではない。

失望する要因になったかもしれないが、
それも自分がその科に興味と熱意を持ってさえいれば、
些細なこととして受け止められたはずだからだ。



ちょっと言い訳くさくなってしまうかもしれないが、
当時の私は少なからぬ衝撃を受けた出来事なので記しておく。



研修1年目の夏、他大学から医学部生の見学者が訪れた。

病棟組は多忙ゆえ、比較的時間の自由がきく外来組が、
案内をすることになった。


K大眼科を研修先として志望してくれてるんだ♪

とうれしく思った私は、彼ら&彼女らに積極的に話しかけていた。



しかし…


1年上の先輩(研修医2年目)たちはなぜか暗鬱な表情で、
無言を貫いたのであった。


なんで先輩たちは、あんなに愛想がよくないんだろ…
と疑問に思うほどであった。


そして見学者が帰ったあとで…先輩のひとりが、
(当時の外来組は、他大学からK大に入局した方であった)


「入る前に救ってあげなきゃ。」

と真顔でのたまわったのである。


え?どういうことですか?

と問うてみたらば…


先輩の主張はこうだ。

K大眼科医局は能力主義だから、居心地が悪い。

だから、入局しない方がいいと暗にすすめていたのだ
、と。



えええ!!
だって、私たちのことは盛んに勧誘したじゃないですか?
なのにどうして?



と私が言うと、

「だって僕らの1年下は、いなければ困るもの。
 雑用する部下がいないと、僕らがたいへんでしょう。
 2コ下はもう関係ないから、救ってあげたいの。」


…。

私たちのことは、労働力として必要だから勧誘した、と。


研修医は3年目になったらK大から出て関連病院へ行くので、
私たちの下の世代は、入局者がなくってもいいと。


彼ら・彼女らは、もし入ってくれたら私たちの世代の
直の後輩になるはずなんですけど…?


なんと勝手なことを言うのであろうか、とあきれるやら憤慨するやら、
なのであった。




かくいう私がその後しばらくして、いの一番に辞めてしまったわけで、
最も身勝手と言えるかもしれないけれど…


K大眼科上層部が彼らに冷たかったのかどうかは、
私は知らない。

私自身は、上層部の冷たさを経験ぜずにすんでいたし…。

しかしこの出来事のあと、またも両親が困ったことを起こして
くれたのである…(つづく)