これは2017年11月9日にFacebookに投稿した記事です。

 

最近、見知らぬ方がこの記事に「いいね」をしてくれたおかげで、私のタイムラインに上がってきて久しぶりに自分でも読みました。

 

そしてその翌日、まさにマリア様や観音様の存在を感じた出来事が起こり、そのシンクロに感謝の気持ちがわき上がり、ブログにも残しておきたくなったので以下コピペします。

 

 

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2年前に一度だけお目にかかった女性から、心に響くメッセージをいただきました。ご本人の了承を得てシェアします。

 

きっとこのメッセージを、今の私と同様に、必要としてる方がいるんじゃないかと思って。

 

美しい3枚の観音様と一緒に届いたメッセージ。そこには「月を眺めてたらはるさんを思い出し、あの時のことをお伝えしなきゃと、勢いでメッセージしてます」とありました。

 

 

2年前、海沿いの氣持ちのいい場所で開催されたとあるイベント。

そこでお目にかかった時のこと。

 

彼女は私の背後に、美しく慈愛に満ちた金色の観音様の存在を見たらしいのです。

 

その方は私の背中より少し高い位置で合掌していたそう。

 

 

でもその時は自分の感覚に自信がなく言い出せずにいたらしいのですが、

 

2年の時を経て、今、それを伝えるべき時だと感じたようでご連絡をいただきました。

 

「貴女が自由にどこへでも行けるように、

 

いつでもなんでも、

なにもかもを感じられるように、

 

いつも観音様は貴女の後ろにいらっしゃるようです

 

ハルさんはハルさんであると同時に、

すでに祝福された観音様でも在るようです。

 

言葉は適切かはわかりませんが、

なすべきことなど何もない、そうです」

 

 

最初はびっくりしました!

 

でもこのメッセージを何度も読み直してたら、感動で涙が溢れてきて、この方へ丁寧にお礼を伝えました。

 

するとこんなお返事が。

 

 

実は彼女自身が苦しかったとき、

ご自分の背後にイエス様を感じたことがあるそうなのです。

 

その時は、イエス様の存在が嬉しいとか安心とか、

そんなことを思う前に、

 

「なぜ近くにいながら、あんな危険や、こんな大きな過ちを避けたり、知らせたりしてくださらないのか」

 

と意味が分からなかったそう。

 

でも、今は違う。

 

その苦しみを乗り越えた今、彼女はこう感じているそう。

 

「その存在は、どれほどの過ちや罪を犯す私であっても愛してくださっているのだと信じられるようになりました」と。

 

そしてこんな言葉で締めくくられていました。

 

「自分の道を、自分の選択を、生かされてる時点ですでに祝福されているのですから、お互いに一歩ずつ一歩ずつ自分らしく歩いていきましょう。」と。

 

私はひとりで声を上げて号泣しました。
本当にわんわんと大泣きしました。

 

このところ、私の行為によって人を傷つけたり、悲しみや喪失感を感じさせたり、

 

私は私に正直に生きようと、私の新しいステージに歩み出ようと決意したことが大きな波紋を呼び、そのことへの同じく喪失感と罪悪感に胸がぎゅっと締め付けられるようなことが続いてました。

 

今年の夏ごろ、私は瞑想中に「あなたの罪はすべて許された」という大いなるものからのメッセージを受け、そして私は動き始めたのですが。

 

やはり許しのフィーリングは危ういもので、ついつい自分で自分を裁き、自分を責め、苦しみを味わうことを自分で選んで体験してました。

 

本質的に罪なんてないのに。
すべて幻想なのに。

 

彼女の背後にいたイエス様も、私の背後にいてくださる観音様も、それはつまり、自分自身、大いなる存在そのものなんでしょう。

 

そしてその存在は、慈愛に満ち、いつ何時も、何があろうと、私たち自身を見守り許してくださる存在。

 

今私は、これからの人生、軸を自分の中心に定めたいとすごく思っています。

これまでずいぶんそうしてきた、と思って暮らしてましたが、今ここにきて、さらにもう一度、自分軸をしっかり感じたいと思ってます。

 

そしてその人生の中で、私は過ちを犯すでしょう。

当たり前です。

 

でも何が起きようと、どんなことがあろうとも自分を許せるようになりたいと思う。

 

そのことで、すべての存在を許していければどんなに幸せか、と感じます。

 

彼女からいただいたメッセージ、観音様の存在に、私は大きなインスピレーションを受けました。

 

私も昨夜は月を眺めていた。
彼女も同じころ月を眺めていた。

 

あの月が私と彼女を繋いでくれました。
お導きに心から感謝しています。