こういったことに意識を向けていくと、

 

これまで感じた不安や恐怖、悲しみや絶望、そして怒り、など。

 

さらに過去生で経験し、痛みとなっていることはすべて、


本当の意味での癒しを求めていて、

 

それを癒せるのは、実は自分だけで。

 

深い部分で自分からの癒しを求めているため、

 

その痛みを感じる状況を、しかもその痛みが生まれた時と似たような状況を、

 

何度も生み出し続けている自分に気づかされます。

私ってかなりしつこい脚本家です(笑)

解決しなかったら、何度でも何度でも、同じようなシチュエーションを描き続けるのですね。
 

 

癒しが起き、その痛みをもう感じなくなることもいいでしょう。

でも、痛みがあったままでもいいんです。

その痛みはもう、今の私の選択や判断に、影響を与えることはないんだよ、

と切り離していくのもいいでしょう。


今回感じた「子どもを産みたい」という思いは、

癒しきれていない痛みはあるけど、それに影響を受けずに今の私が選択していいことだよ、

と感じるものでした。


そして、受け取ってしまった「痛みの連鎖」を、私が断ち切る、それが私の使命である、とすら感じることだったのです。


そして、胎内記憶を持つ子どもたちの言葉を聞くたびに、

私たちは自分の意志で親を選び、

その親を喜ばせるために、

勇気をもって果敢に、


そして期待に胸ふくらませながら、

お母さんのお腹に降りてきたんでしょう。


そう確信しますキラキラ

そして、私もそうだった!

 

と今、信じることができます。


そしてもし、今私に対してそう感じてる魂が在るならば、

あぁ、迎え入れたいドキドキ

お願い、私のお腹に降りてきてキラキラ

そんな欲望まで感じるようになっていました。

 

 

***つづく***

 

 

私が幸せでありますように。

あなたが幸せでありますように。

すべてが最善に導かれますように。

 

魂の喜びと癒しがすべての人に訪れますように。