Tao KAORI 愛と星よみ「恋愛道」 〜全惑星意識の旅〜

Tao KAORI 愛と星よみ「恋愛道」 〜全惑星意識の旅〜

「恋愛は本当の自分に出会う神聖な入り口」2025年IBJ受賞の結婚相談所運営、著書1万部超。私の語る「恋愛鬼道」は表面的な解決ではなく、全惑星意識の視点から、内なる望みを叶える道案内です。
愛と星よみの光で、あなたを人生の主役へと導きます。

愛と星よみ Tao KAORI(たお かおり)
全惑星意識は愛への梯子。恋愛や人生が苦しい時、宇宙法則にふれることで『愛の創造性』を思い出すブログです


🏆2025年下期 IBJアワード🏆

心でする♡TAO結婚相談所

【ベストルーキー受賞🏅】受賞率6%



noteの記事引用気づき




パートナーシップや恋愛において

退屈な関係と飽きない関係の違い

どこにあるのでしょうか。




私は10年以上、恋愛と婚活市場にかかわってきましたが、ほとんどの場合


「刺激があるかどうか」「楽しいかどうか」で

関係の価値を判断しがちです。 


でも、パートナシップの本質はそこではありません。




 エゴを野放しにする関係



退屈にかんじる関係があるとすれば

それは、あなたの

「エゴを野放しにしてくれる」関係。

生きるための欲求や衝動に関係があります。



たとえば



欲しい言葉をくれる。 

欲しい態度をとってくれる。

 自分の欲求を否定せず、

心地よく満たしてくれる。

褒めてくれる。



一見すると、とても良い関係に思えるかもしれませんね。プライドや自尊心が満たされるので



「やっと自分を理解してくれる人に出会えた」
「やっと優しいひとに出会えた」



と感じることもあるでしょう。





「この人といると、ありのままでいられる」という安心感もあるかもしれません。




ですが、この関係のなかでは、

自分の成長は起きないことになります。




そして、そこにあるパートナーシップの接点は

「欲求を満たす」という間柄とループ。



たとえば、こんな場面を想像してみてください。


あなたが仕事でミスをしたとき

誰かを不愉快にさせてしまったとき



⚫︎パートナーがいつも

「あなたは悪くないよ、相手が間違っている」

と言ってくれる。


⚫︎やりたい目標にとどかず落ち込んでいるとき、
「あなたは十分にやっている。素晴らしい」と慰めてくれる。


⚫︎何か新しいことを始めようとしたとき、無条件に
「いいね、すごいね、やりなよ。できるよ」と背中を押してくれる。




その瞬間は、たしかに心地いいし、

 エゴの承認欲求やあらゆる欲求が満たされるので、安心感が生まれます。



でも、そのときに満たさる気分は

瞬間的な癒しなので、長くは続きません

そして欲求は果てしないので、また次の欲求が直ぐに生まれます。




するとエゴは

「もっと認めてほしい」「もっと褒めてほしい」

「もっと共感してほしい」



欲求満たしに任せているとエンドレスとなり、繰り返します。




 自動機械として生きるということ




私は松村潔先生の食物水素エニアグラムから、 

思想家のグルジェフを知ったのですが、 グルジェフはこんなことを言っています。



「ほとんどの人間は、目覚めているつもりで眠っている」と




これはリサロイヤルやアニーボッシングハムの言葉だと第3密度の眠りの時代。忘我の時代とおなじことをさしてます。




彼の言葉を借りるとほとんどの時間、 

人は自動機械(オートマトン)として生きている


刺激がくると、決まったパターンで反応し。

 怒りを感じれば、いつものように怒り。 

不安になれば、いつものように回避し。
承認が欲しくなれば、いつものように求める。



そこに「自分」はいません。



このことを私たちの

スクールNEOUNIVERSEでは「自分不在」といいます。同じことをさしてます。




ただ、プログラムが動いているだけで生きている。


グルジェフはこの状態を「眠り」と呼びました。

 目は開いている。言葉も話している。

でも、意識は眠っている。




そして、最も厄介なのはこの「眠り」を



強化してくれる関係に
エゴは「居心地がいい」と

よく、感じられてしまうことです。





欲求を満たしてくれる相手のそばにいれば

自動機械は何の抵抗もなく動き続けられます。



欲求や衝動へのブレーキがない。 

つまり、エゴは気づきが起きない。 

だから魂や真我は、眠り続けられる。




心地よい夢のなかでいれると人は気持ちいい。

そこを支配する鬼が鬼滅の刃で描かれてました。


そのような

関係の結果はどうなるとおもいますか




居心地がいいのに、

どこかで退屈さを感じはじめます。




満たされているはずなのに、なぜか満たされない。
一緒にいるのに、どこか虚しい。
愛されているはずなのに、何かが足りないようなモヤっとした感覚。



それは、

この関係が「今この瞬間の快楽」閉じているから。




相手があなた自身に接しているというより

あなたの欲求に接している


そこには深さがありません。

だから、どこかで密度がなく空洞を感じる関係なのです。

 



 「ストップ」がかかる「聖なる介入の関係」




一方で、飽きない関係があります。

それは前回のブログでもふれましたが


それは

エゴを野放しにはさせてくれない関係です。


 

自分でも気づいていなかった反応パターン。 

無意識に繰り返している思考や感情。 

衝動的に走ってしまうクセ。



そういったものに対して、

ふと「ストップ」がかかる。



それは、相手の一言かもしれない。 

態度かもしれない。 在り方かもしれません。





たとえば、

⚫︎誰かに怒りをぶつけそうになったとき、

 相手が静かに


「今、何を感じているの?本当はどうしたかったの?」と聞いてくる。



⚫︎被害者のポジションを取ろうとしたとき

「でも、自分で選んだ責任も忘れないで。どんな選択肢があったと思う?」と問い返してくる。



または、

相手がただ動じず、意見せずにそこにいることで、
自分の乱暴なパターンや、言葉の空虚さに、自然と気づいてしまう。




グルジェフはこれを「自己想起」と呼びます。 

自動的に動き続ける機械が、ふと立ち止まり、

「今、自分は何をしているのか」に気づく瞬間。


これはインターバル6で起こる、聖なる介入気づき気づき






この瞬間にだけ

人は本当の意味で「意識が目覚めます」




そして関係性の中で

この瞬間が何度もうまれると。


それが飽きない関係の正体

かもしれません。




「あ、自分はまた同じことをしている」
「これは本当の望みじゃないかもしれない」
「私はずっとこのパターンを繰り返してきたのかもしれない」




そんな気づきが生まれる。



このとき起きているのは欲求満たしではありません。 むしろその逆にいきます。




これまで疑うことなく、当たり前に満たして走っていたものが、止められる

 

 

 エゴにとって、それは不快なこと




エゴにとっては、この意識の

めざめ体験はとても不快なこと真顔




まず、印象としては

否定されたように感じたり、自由を奪われたと思うこともあるでしょう。 




「なんでこの人は、私の気持ちに寄り添ってくれないんだろう」と感じることもあるむかつき


 「もっと楽に、私の全部をYESしてくれる。受け入れてくれる人がいるのに」

と思うこともあるかもしれません。むかつき




自動機械にとっては、

ブレーキかけられるのは「故障」に感じられます。




だからこそ、そういった相手には

こう感じることがあります。


「こんな関係、しんどい」

 「もっと楽な人のほうがいい」と。



占星術で例えると90度のスクエアの相性のような。




そして実際に、

しんどいと感じれば欲求を満たしてくれる

関係に戻ることもできます。




でも、そこに戻ったとしても、 どこかでまた同じ、モヤっとした感覚に出会うはずです。



満たされているのに、退屈。 

安心しているのに、どこか空虚。

なぜなら、そこには「広がりがない」からです。





人は本来、ただ欲求を満たされるためだけに生きているわけではありません。



 人は成長と拡大に喜びをかんじるようになっています。それは、宇宙と呼応しているから。





何かに気づき、何かを乗り越え、少しずつ変化し、進化ていくことに、深いところで喜びを感じるようにできている。



その欲求は表面的な欲求より

ずっと静かですが奥が深く

深淵なところへのアクセス。





→文字数制限のため続きはnoteへ🙏


note