おはようございます。
おきらくすり庵の薬剤師うめこです。
先日、参加したコトバブレント@ZOOMで
おいしくなあるブレンドをした「自己責任」。
昨今のコロナ騒動で
「自己責任」というコトバで
他人を責めたり、過剰防衛したりで
「自己責任」に
責任を負わせすぎてる感じがしていました。
私は、性分なのか
バランスがわるいと落ち着かないんです(笑)
平等がいい、ということではなく
あくまでじぶんの中の水平玉がずれてる感じ。
なので「自己責任」を調整したかったんですよね。
コトバのお師匠さまの「自己責任」の解釈はこちら。
追い焚きのような、差し水のような
今のあなたにちょうどいい「自己責任」を
見つけるヒントにぜひ。
そして
先日のZOOMでのコトバブレンドや
Facebookの「コトバの森林浴場」での
いろんなひとの「自己責任」へのまなざしを
混ぜ合わせて、というか
いいとこ取りさせてもらって(笑)、
今のわたしにちょうどいい
「自己責任」が仕上がりました。
わたしにとって「自己責任」とは
じぶんが自分である責任
です。
自己。
自と己ってどちらもじぶん。
じぶん以外のものにならない。
じぶん以外のものに乗っ取られない。
じぶんには自分でいる責任がある。
そんなふうに思いました。
親。
恋人。
会社。
みんな。
コロナ。
じぶんの言動を
そんなものに乗っ取らせない。
ひとつ勘違いしてほしくないのは
他人や環境が影響しないってことじゃないです。
だって、自分にはいろんな顔があるから。
自分って、文字通り
「自」をあちこちに分けて存在しています。
家族として。
仲間として。
ひととして。
それぞれの場所での顔があるから
それぞれの場所で
じぶんが自分である責任が異なるのは自然なこと。
それが
影響を受けてじぶんが自分じゃないように見える
っていうだけのこと
影響を受けることと
乗っ取らせていることは
似てるけどまったく別物。
じぶんじぶんと言ってますが
はっきりとした原色のじぶんじゃなくても
無色透明のじぶんでも
くすみカラーのじぶんでも
それこそ十人十色ではなく一人百色くらい
じぶんのグラデーションがあっていいんです。
そのどこにいても、じぶんが自分である。
じぶんが自分であることを大切に守っていく。
じぶんが自分であることを守られていく。
それがわたしたちの責任ではないかと思います。
自己責任って愛おしいね♡
ではまた。
しちゃいけないじぶんの取り分。