おはようサマー。

【おきらくすり庵】へようこそ。

ちょっと意識を泳がせていたのでお久しぶりになりました。

庵主のうめこです。



さてさて。


うめこ、先日、2年ぶりに青木千景さんの誕生学を聴く機会に恵まれました。


2年前、心屋塾マスターコースの中、特別ゲストとして誕生学を聴かせていただいたのが最初のご縁。


その時のうめこは、不妊治療をしていた時の気持ちをがっちり握りしめたままだったから、妊娠・出産がキーワードであろう誕生学は聴きたくなかったので、千景さんは絶対逢いたくないひとだったんです。


当日も千景さんご本人にも「絶対逢いたくなかったです」とお伝えしたのを今でも覚えています。


何年にも渡る不妊治療を経ても子どもを授かることがなかった当時のうめこは、「赤ちゃんはお母さんを選んで生まれてくる」なんていう話しを、受け入れることができなかったんです。


誤解がないようにいうと、誕生学って「赤ちゃんはお母さんを選んでくる」っていう話ではありませんよ。

うめこが勝手に結びつけていただけです。



どうして私は選ばれなかったのか。

私の何がいけなかったのか。


いつも怒っていたからなのか。

いつも泣いていたからなのか。

あれを食べたからか。

これを食べないからか。

ああしたからか。

こうしなかったからか。



母親である女性をうらやましく、そして恨めしく思っているからなのか。

そんなふうにひとのしあわせをよろこべない心が狭い人間だからなのか。


妊娠・出産という神の領域に、不妊治療という手段で踏み入れたからなのか。

自ら始めた不妊治療に嫌気がさしてしまっているからなのか。

焦りすぎなんじゃないのか。

子どもが欲しいと執着しすぎてるんじゃないのか。

ほんとは欲しいと思っていないんじゃないのか。


母親になれない自分をなさけなく感じ、

元夫を父親にしてあげることのできない不甲斐なさを感じる。

跡取りの嫁としての役に立てないことがいたたまれなくもあり、

そんな目で私を見ているような周りのひとを忌み嫌う。

自分が親になることで、親の気持ちがわかる子どもになりたかったけど、それも叶わない。


そんなふうに自分を責め続けていたんです。



そして、

どうして私を選んでくれなかったのか、と

「いるはず」の赤ちゃんを責めたりもしました。

そして、そんなふうに思ってしまういやな自分をまた責める。

そんなの繰り返しだったように思います。



(こうやって当時の気持ちを思い出してみてるけど、全然定かではなくて、あんなに強かった当時の気持ちが薄らいできているな〜っていうのを実感しています。)


当時、離婚して数年経っていたけれど、というより離婚していたからこそかもしれないけれど、《妊娠・出産・子ども》の話題には触れたくなかった。


今思えば、それは当たり前で、それだけ女性の中のやわらかい場所のお話なんだと思うんです。


でも、それらの話題を避けてる自分すら、許せてもいなかったんですね。


どんだけ自分に厳しかったんでしょうね(笑)


そして、2年前のあの日、マスターコース講師のアッコさんとゲスト講師の千景さんに、蓋をしていたやわらかい気持ちを見事に揺さぶられることとなりました。

なんせ3日間泣き続けましたからね(笑)


当時の様子はコチラをどうぞ。





当時の思い出をひとつだけシェアしますね。

誕生学で千景さんのパートナーのうぃ君という赤ちゃんのお人形さんがいるんですが、

そのうぃ君を講義中に受講生にまわしていくんですけど、ただのお人形さんなのに、抱っこするのがいやでいやで。

うぃ君が私の手もとにやって来た時は「マジでイヤだ〜・°・(ノД`)・°・」って思いました。



でも、仕方なしなし、うぃ君を抱っこしたときに、

きりきり胸が痛すぎたけど

「あぁ、こんなふうに抱っこしてあげたかったな〜」

って、感じちゃったんです。




愛するひとを喜ばせかたったし

愛おしいはずの子どもを抱きしめたかった。

そんな願いが叶わなかったことが

すごくすごくかなしかった。



罪悪感や執着心が全然なかったとは言えないけれど、

単純に「抱きしめたかったんだな」と思ってたことに気がつけたんですよね。


じぶんの中のそんなやわらかい気持ちが残ってたことがうれしかった。


そんな思いに気がついてあげられたからなのか、

その後は《妊娠・出産・子ども》という言葉に過剰に反応することもなく穏やかにすごしていたと思います。


そして2年が過ぎ、再びの誕生学へ。


長くなったので、つづく。

{A956E760-DF9D-4674-B0DF-4D308E8E0229}

(この本ですら手に取るのもいやだったな〜)