大事にしていたものを失くしたら

どこに落としたんだろう、と

キョロキョロと下を見て歩く。

その日通った道を遡りながら。

でも見つからない。

「もう見つからない」と、

頭でわかっていても諦められない。

もしかしたら、

ひょっとしたら、

と、来る日も来る日も下を見て同じ道を歩く。

そうしているうちに気持ちも沈みだす。


先日、ある精神科医がうつ病の患者さんに「スキップと空を見上げて歩くこと」を推奨している、という話を見聞きしたことを思い出した。

「スキップをしたり、空を見上げて歩いていると落ち込んだりできない」という。

この話を思い出し、ふと、心を病む人も、同じなのではないだろうか、と思った。

小さな頃に失くしてしまった何かを探し続けて、来る日も来る日も下を見て歩み続けているのではないだろうか。

失くした、と思っているもの。

誰かからの愛情だったり、

誰かからの許しだったり。

あの時かな、あの場所かな、と過去に歩んだ道を遡りながら。

そうしているいちにいつの間にか気持ちが沈んでしまったのではないだろうか。

でも、

私たちが本当に探しているものは遡った道の下に落ちてはいないのだ。

今、ここで、顔を上げ、空を見上げるとそこにあっさりと見つかるものなのだ。

そこには、

下を向いて歩いている私を心配してくれている人の顔、

一緒に探し物をしてくれている人の姿、

私を元気づけようと空にかかる虹がある。

だから、顔を上げ空を見上げてごらん。

大丈夫。

あなたが大事にしていた物は

あなたをさみしがらせたりしないから。

あなたを笑顔にする新しい何かを連れてきてくれるよ。

さぁ、顔を上げて!