親子の絆 | お絵描き漂流記 抽象画との出会い

親子の絆

今年で11歳、9歳になる二人の子供は、日本で出産しました。

台湾で産もうかと迷ったのですが、和歌山の実家から歩いて1分のところに、

いい産婦人科があったので、結局、2回とも、日本に帰って出産しました。


今でも忘れないのは、「あの痛み」。。。。1人めは十数時間の陣痛の末、やっと生まれた時は

私自身の体重が一日で、7キロ(子供が3キロ)減りましたから。


二人目のときは、気持ちにも余裕があって万事OKのはずだったのですが・・・


結局、台湾で働いている主人は、出産当日は間に合わなくて、

今回も実家の母がつきそってくれるこtになりました。



母も「二人目は楽よ~」

というので、気分的にも落ち着きました。

やっぱり、こういうときは、一番頼りになる

実家の母・・である・はずだったのですが・・・・。











さて、ついに陣痛が始まって、病院に泊まるためのかばんも用意。

病院の分娩控え室まで、歩いて向かいました。

(TVドラマでよく見る、「うっ。。。生まれる!!救急車を・・・」なんてのは、めったにないですよね。)

控え室に入ってからも、母と雑談したり、

余裕~でした。ま、ふたりめですから。。。


で、母も手持ち無沙汰なので、

入院する部屋を確かめて来るから、と

控え室を出て行きました。










ところが! 



その後10分もしない間に、陣痛波がおしよせたのです。


















・・・その後は、思い出すだけでも震え上がる、あの痛みが全身を襲って・・・・。

たとえるなら、・・・そう。これです。これ、↓



陣痛の波がきてから、赤ちゃんが生まれるまで、まさに30分のスピード出産でした。

一回めの経験とは、余りにも違う、この速度。

それにしても、看護婦さんって、どうしてこうも てきぱきしているのか?




「ハイ、いっちょあがり!」って感じで、

実務をてきぱきとこなす・・・。

ま、毎日、おんなじシーンを何十回も見ていたら、

いちいち感動してたら体が持ちません。


さて、さっさと病室に移動しなければ。

ところが・・・














そう、さっきまで付き添っていたはずの母が、

未だ現れず・・・。











「てきぱき」の看護婦さんは、病院中に響き渡るような大声で叫びました。






 私は、結局誰にも見守られず、一人で出産を

 終えました。 ふつー、家族が分娩室の外でまってて、

 出てきたら、おめでとう!がんばったね!

 ってむかえてくれるんでしょう?










そのとき、私の母は、一体何をしていたかというと・・・。





 入院する個室のチェックをしていたそうです。 

 おまけに、

 他の部屋まで覗いてくらべていたらしい。 

 後から、顔をだした母は、

 「あ、うまれた?おめでとう!」

 と、あっさりしたものでした。


 看護婦さんも、あっさりしてるけど、

 自分の孫の誕生に、あまりにも

 淡白な母・・・・。親子の絆ってこういうときこそ、

 確信しますよね・・・。