「お水は止めないとダメだよ!」


「もったいない!お水飲めなくなるよ!」




と、お風呂場から怒っている声が聞こえます。








どうも、おちびのすけ(3)がシャワーの水を出しっぱなしで違う遊びをしだして、
それに気がついたお姉ちゃんのオチビッタ(5)が説教しているようなのです。





お水の出しっ放しは良くないのでそれを注意してくれるのは「さすがお姉ちゃん!」と思ったのですが、オチビッタもまあまあな頻度でお水を出しっぱなしで違う遊びを始めたりしてます(笑)




そう、自分のことは棚に上げまくっての説教だったのです(笑)









でも、これは僕はとても必要なことだと思っていて、
シャワーのお水を出しっぱなしで違うことをするのは「良くないこと」なわけですよね。


それは注意した方がよくて、そこで「私も出しっぱなしにしてしまうことあるから言えない、、、」って注意しないでいるのはそれは違うと思うんですよね。








これは大人の世界でも全く一緒だと思っていて、



「注意したほうがいいものは自分のことなんて棚に上げて注意してあげたほうがいい」と僕は思っているし、


「アドバイスしてあげた方がいいことは自分のことなんて棚に上げてアドバイスしてあげた方がいい」と思っています。







実際僕は、





自分が出来ていないことでも、




良いものだと思ったり、

その人に必要だと思ったら



自分のことなんてふとぅーに棚に上げてアドバイスしするし、指摘します。







でも当然「自分が出来てないことはアドバイスしにくい」って感じたりもする人もいると思うんですよね。



「お前が言うなや」って言われちゃいそうな気もしちゃいますからね。







でも、例えば、


目の前に赤信号で横断歩道を渡ろうとしている友人がいて、
危なかったら「赤信号だから危ないよ!」って注意するよね?

それを「自分も赤信号で渡ったことあるから自分が言う資格ないよな」って注意しないのは
相手を危険に晒すだけじゃない?



要は、相手のことを考えているなら自分がどう思われようが必要だと思うことは伝えるだろうけど、自分のことばかり考えているなら、きっと伝えれないと思うんですよね。





で、僕は、


目の前の人に必要なのであれば、
自分のことは棚に上げてアドバイスしてあげましょうよ。



って思っている派です。

(それが正しいと言っているわけではない)







「自分も出来ていないし。。。。」



ってゆーのは、
 


結局、自分がどう思われるかを気にしているだけだと思っているからね。







特にナレッジワーカーの方は、



自分がどう思われるかってことよりも、


その人に必要なことを指摘してあげたり、
発信したいことを堂々と発信するのはとっっっても大事なことだと思いますよ!






「自分のことは棚に上げ力」は愛情であり、必要な要素だと思います〜



 

 

 

肉そばをどうぞ



 

 

 

 

 

椎原 崇

 

 

 

 

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