原罪。
人間は生まれながらに罪を持っている。
って、色々な捉え方ができるけど、
「発達」を「進化」として捉えるのならば、
胎児期の人間は
この宇宙の課題を凝縮した存在なのかもしれないなと思う。
逃げる。
闘う。
の反応を基盤にして
人類が繰り返してきた歴史を胎児期に
お腹の中でインテンシブに体験していると言う風にも見える。
生命体に刻まれた
闘いの記憶。
生まれたての赤ちゃんの生命力は
闘いの記録でもあるような気がする。
赤ちゃんは環境の一部。
意図的に環境をどうすることもできない。
環境によって生かされているという意味では
純粋無垢な存在に見える。
植物や動物を憎むことができないのは
彼らは皆、環境によって生かされているだけで、
意図的に環境をかえてやろうと思っていない。
それを大人の人間は
純粋無垢だと感じるのだろう。
生き物が持つ「生命を守るための闘い」。
それは胎児期から見られる「原始反射」
その原始反射を制御するのは「自我」だ。
環境の一部から
環境と自分になり、
やがて自分が環境のクリエイターとなる。
(物質的なことでもないんだけど)
そこまでが地球紀の人間の学び。
そして、環境のクリエイターとなる人間が
これから気付かなくてはいけないのは、
その環境の実体。
この環境という物質世界を映し出している影の
実体って何か?ということを見ていく世界に
人間は本当に進化していけるのかな。
今の地球は何だか
退化しているようにすら見える。
環境の一部である赤ちゃんから
発達していない大人が多すぎる。
「お金がないからできない。」
「〇〇のせいで〇〇できない。」
全て環境のせい。
それが環境の一部であるということ。
無条件に人間が持って生まれた本能。
でも、それは発達した(=進化した)人間になっていないから。
人間になりきれていない人達の逃避行動が
現代のスピであると私は思う。
環境と関わることもできなければ
環境をクリエイトすることもできない。
(要するにそれは影となる現実の実体を見ることもできていないからなんだけど)
逃げるか
闘うか
と言う反応を制御する自我を育てることができず、
同じように逃避行動をしている仲間のところに
避難したり、
はたまた、「闇光」という二次元的な観方で
闇だと思うものに噛みついたり。
胎児期の反射から
人間として自分を育てていかなければ、
人間は進化していかないのだと私は思う。
人間の成長、発達は
人類の進化。
「生きづらさを育てる」とは
物質的な成功の話ではなく
ほんとは、人間の進化の話であり、
それこそ真のアセンションの話なんだけど、
スピ系の人にそんなことを言えば、
全くの勘違いになる。
発達といえば、「発達障害」の話になるし。
人類全体が発達障害という風に言えば
分かりやすいと思うので、
自分も、地球人目線で言えば、発達障害なので
それもありか。と思っている。
必ずしも、そういう話じゃなくて。
全ての人間に発達が必要なんだってこと。
そんなわけで、
私は実にオーディエンスの少ないところで
呟いているんだなと思う。
アレゴリーと同じで
お好きなように捉えてください。
でもいいと最近は思っている。
って話。
誰も教えてくれなかった
本当の人間の進化。
生きづらい人が生きやすくなる。
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