三船敏郎・石原裕次郎『黒部の太陽』 | ゆうべ見た映画

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監督・熊井啓

原作・木本正次

脚本・熊井啓 井手雅人

音楽・黛敏郎

撮影・金字満司

 

上映時間196分の大作。

 

映画は

関西電力が 建設することになった

当時、国家的大事業・世紀の大工事と言われた

黒部渓谷、黒部第四ダム建設工事

 

その中でも最も困難な

「関電トンネル」工事を描いている。

 

 

工事の総指揮を取る 関西電力の三船敏郎さん

トンネル工事を請け負う 熊谷組の石原裕次郎

 

苦難に次ぐ 苦難の工事現場

予期せぬ大事故

 

裕次郎と 父親 (辰巳柳太郎)との確執

 

裕次郎と

三船さんの長女 (樫山文枝)との ロマンスと結婚

 

そして 終盤

トンネル完成の喜びに沸くなか

 

三船さんの 次女 (日色ともゑ)が 

白血病で亡くなるという訃報に 

歓喜と悲嘆の入り混じる 三船さんの秀逸な演技。

 

裕さんだけが この事実を知っている。

 

このエピソードは

三船さんのモデルとなった 芳賀公介さんの娘さんが

トンネル完成とほぼ同じ時期に 亡くなったという

事実に基づいた話で

 

男たちの命を懸けた壮大なドラマであり

そして、親子、家族の物語でもある。

 

映画も勿論、

非常に見応えのある作品となっていますが

その裏話は もっと興味深い。

 

      〇

 

毎日新聞に連載された 

木本正次さんの小説『黒部の太陽』の映画化に 

意欲を燃やした 裕次郎だったが

 

この映画化には あらゆる困難が予想される為

大手映画会社からの 協力は得られず

 

また、設立してから間もなかった

石原プロモーションには 

人件費として使える資金が 500万円しかなく

 

彼はこの500万円を手に

劇団民藝の主宰者・宇野重吉を訪ね

協力を依頼し 

 

宇野は 

自身を含めた民藝所属の俳優 (劇団代表・滝沢修も)

その他 スタッフ、必要な装置までもの

提供を約束してくれた。

 

以降、裕次郎は

宇野を恩人として慕うようになった。

 

ここまでの準備が 整えられたところで

裕次郎は

当時、米映画『グランプリ』の撮影でイタリアにいた

三船さんに原作小説を送り

それを読んだ三船さんは 企画参加を申し出た。

 

しかし、一番ネックになったのは

" 五社協定の壁" であり

共同制作と言えども 

三船プロダクション・石原プロモーション制作の

作品に日活専属の俳優は出せない。

 

つまり 石原プロモーションを設立しても

日活のスターである 石原裕次郎は

「日活作品」以外の作品には 

出演出来ないということである。

 

また監督は 

社会派監督として注目を集めていた

まだ30代の熊井啓に決定したが 

 

熊井も日活社員であり 

一時は解雇問題にまで発展 

熊井も覚悟を決め 

それでもと監督・脚本を引き受けた。

 

この映画製作に もっとも強く反対していた 

日活の堀久作社長の説得には

三船さんが交渉にあたったが

 

ここで力強かったのが 

関西電力の当時の社長の全面協力で

 

「関西電力が 

 映画の前売り券・百万枚の販売を保証しているから

 日活が配給するということで どうだろう」

 

この三船さんの提案に 堀社長はやっと承諾し

熊井監督、裕次郎出演を認めた。

 

映画初出演の寺尾聡。

このとき聡さんは  

バンド「ザ・サベージ」で活躍中だった。

映画の中でも 実父・宇野重吉さんと父子役。

 

しかし 撮影に入っても 現場は苦難の連続で

特撮では迫力が出ないと

トンネル工事の再現セットは 

愛知県豊川市の熊谷組の工場内に作られ

 

映画最大の見せ場が 

掘削中に破砕帯(はさいたい)に ぶち当たり

作業員たちが 大出水に襲われるシーン。

 

トンネル内の騒音が 突然、無音となり 

やがてゴーッ!という 

不気味な山鳴りの音が 低く伝わって来る。

 

頭上で岩盤を支えていた ボルトが 

ガキッ、ガキッと 次々はじき飛び

ここで三船さんが「退避! 退避!」と叫び

その直後、

もの凄い大音響となって 鉄砲水が溢れ出る。

 

撮影のための 水槽ゲートが開かれると 

予想以上の速さの10秒で 420トンの水が流れ出し

俳優もスタッフも本気で逃げたが

負傷者も出て

 

前面にいた裕次郎も 水に呑まれて気を失い

親指を骨折、全身打撲の怪我を負った。

 

本流に流される 裕次郎を救出しようと

熊井監督がカメラの前に 飛び出した姿が

映っているそうですが

映像では誰が誰やら わかりません。

 

 

ダム建設にあたっては 工区を5つに分割

間組・鹿島建設・熊谷組・佐藤工業・大成建設。

これらの企業がすべて実名で登場する。

 

企業タイアップ映画の

先駆けとなった作品と 言われています。

 

実際には

完成までに ほぼ7年の年月をかけ

171人の殉職者を出した 黒部ダム。

 

 

裏話は

小林淳著「三船敏郎の映画史」

熊井啓著「映画の深い河」・・他より 

抜粋させていただきました。

 

 

おしまい