ジョン・フランケンハイマー監督
F1グランプリが舞台。
アメリカ人の ピート・アロン (ジェームズ・ガーナー)
フランス人の
ジャン・ピエール・サルティ (イヴ・モンタン)・・など
4人のドライバーの
メンツをかけた 熱き闘いが描かれますが
その裏側で
男たちをめぐる 女たちのドラマもあります。
(ジャスミン、ここ、どうでもよかった)
アロン (ジェームズ・ガーナー)
サルティ (イヴ・モンタン)
![]()
国際オートレースの トップを切って行われた
モンテ・カルロの グランプリ・レースで
大事故が起きる。
アロンの車の不具合から 発生した事故で
彼は地中海に投げ出され 軽症で済んだが
チームメイトのスコットは
壁に激突し重傷を負った。
アロンは 同僚を巻き添えにしたことから
激しく非難され チームを解雇
周囲からも 四面楚歌の状態になる。
チームを解雇された ドライバーは
次のレースでは
一挙にレポーターに格下げされ
アロンも出場ドライバーに インタビューなどしている。
アロンの その様子を見て
傷心の彼に 手を差し伸べたのが
日本のヤムラ・チームのトップである
矢村以蔵 (三船敏郎)だった。
広いオクスフォード郊外の 芝生の庭で
お茶の野立てを披露し 話し合う矢村とアロン。
レースの話題だけでなく
自分の戦争体験など話す矢村の人間性に
アロンが心服する 大事な場面である。
最初の台本では
赤いランタンが下がっている 茶室に見立てた部屋で
お茶を飲むという
日本だかチャイニーズだか 判らないものだったが
三船さんから申し出て
伝統ある 日本的な
野立てのシーンに して貰ったそうです。
矢村は アロンの技量とファイトを買い
日本チームへの参加を勧め
契約を結んだアロンは
矢村の期待に応えて この後、勝ち進み
ラストは
ワールド・チャンピオンの座をかけて挑む
イタリア・グランプリが 一大クライマックスとなるが
ハイスピードの接近戦、大波乱の展開の末、
最終ラップに
劇的なクライマックスを迎える・・・
![]()
フランケンハイマー監督率いる 約260名の撮影隊は
1966年の
モナコ、フランス、ベルギー、オランダ、イギリス、イタリアの
6か国の 実際のグランプリに 割り込んで撮影を行った。
ドライバー役の 4人の俳優は
実際にマシンを運転できるよう
レーシング・スクールで教習を受け
カメラを装着したレース・カーを 猛スピードで走らせた。
とにかく、臨場感あふれるレース描写は迫力満点。
CG撮影の技術が無かった頃ですから
当然、すべて実写です。
また、グラハム・ヒルなど 実在の 有名レーサーたちも
たくさん出演してるそうですが
ジャスミンには どの人が有名なのか・・・?
そしてそして そんなことより
どうしても言いたい!
この映画の出演者の誰より、
レースより、クルマよりも、 もう断トツに素敵な三船さん!
矢村以蔵という役は
1964年に 日本人初の F1エントリーを果たした
ホンダの本田宗一郎さんがモデル。
三船さんは この同時期に
『007は二度死ぬ』のオファーも受けていましたが
フランケンハイマー監督から 直々の出演依頼を受け
監督の この作品に賭ける
並々ならぬ 熱き思いに応えたと書かれています。
『007・・』は丹波哲郎さんが演じました。
三船さんは
この作品が ハリウッド映画デビューでしたが
そうとは思えないほどの
気品ある 威厳に満ちた堂々たる姿。
このとき(昭和41年)の 三船さんのギャラは
30万ドル (当時のレートで1億800万)でした。
ギャラ1万円だった デビュー時から19年後です。
三船さんは このギャラをそっくり
世田谷成城の
三船プロのステージ建設、機材購入につぎ込んだ。
このささやかなステージを本拠にして
いい仕事をしたい。
他の独立プロにも どんどん使用して貰って
ハリウッドに負けない 日本映画を創りたいと
このとき決意していたそうです。
右) ジョン・フランケンハイマー監督
おしまい











