昨日
久しぶりに実家に行った。
ある大きなミッションを遂行するため。
3ヶ月以上ぶりの実家。
これまでは
こんなに間を空けると
親を気にかけない
顔を見せることもしない
母のそんなニュアンスの言動に
親不孝な娘と言われている気がして
また
“冷たい人間”と言われるような気がして
向かう車中から
玄関を入る時まで
何を言われるかわからない不安を抱えながらの
実家訪問だった。
数ヶ月前までは…
心屋と出会い
この3年
自分と向き合ってきて
母に対する様々な感情と
対峙してきた。
自分が自分のことをわかってあげる
これができるようになってからは
母の言動に対する私の捉え方も
以前とは違うものになった。
そして
あれはあれでしかたなかったんだな…
私のほしい愛情ではなかっただけで
愛されていたんだってことを知った。
いや
知ったというより
認めたという感じがしっくりくるのは
本当は愛されていたことをわかっていたのに
私の気持ちをわかってくれないことに
ずっと拗ねていたからなんだろう。
それに気づいても
心のどこかで
価値観が違うんだから
言ってもしょうがない
相性が合わないだけで
愛情はあるんだから
私が私の気持ちをわかってあげれば
それでいい
そうやって
どこか
母との間に一定の距離を置いて
接していた。
とても気が楽になった。
それで充分だった。
充分だと思っていた。
だけどやっぱり
電話や実家に行くのが長期間空くと
まだ少しだけ
ザワっとする感覚は残っていた。
なのに今回はそれがなかった。
顔を見て開口一番
「あら、誰ですか?」
そう言われても
顔も見せないなんて…と
責められている感覚はなく
笑ってスルーできる自分になっていた。
それはきっと
あの出来事があったから。。。
まだブログには書いてないけど
1ヶ月ほど前
久しぶりに我が家に来た母と
珍しくゆっくり話をした時のこと
なんとなくの流れで
ずっと言えていなかった気持ちを
伝えることになったのだ。
その時
母の前で初めて涙を見せた。
母の前で弱い自分を出したのは
これが初めてだった。
(この出来事はまた改めて書こうと思う)
この時に感じた気持ちが
母に対する残ったしこりを
溶かしていったように思う。
久しぶりに行く実家。
今回は今まで感じていた不安はなく
ミッションの緊張感だけを持って
向かうことができた。
このミッション
今は書けないが
私が私を生きる覚悟の行動の
おそらく大きな山場になるだろう。
今年はそれをクリアにして
新しい年を迎えようと決めていた。
私は今まで
母に心配をかけることは
ほとんどなかった。
大人になってからは
たぶん一度もない。
“あんたは弟たちと違って
親に心配かけることもなく
立派に生きて偉い”
母にもそう言われてきた。
ずっといい子をしてきた。
母の自慢のいい子。
家族のこと
母のことを優先するいい子。
言われなくても
親の手伝いをするいい子。
自分を犠牲にして
母を助けるいい子。
言われなくても勉強するし
成績のいい子。
周りに気を使えるいい子。
明るくて愛嬌のあって
常に気遣いの言動ができるいい子が
特に母のお気に入りだった。
そんなお気に入りの娘になろうと
私はいい子を頑張ってきた。
そして私は
母の自慢の娘になった。
しっかりした娘
しっかりしたお姉ちゃん
成績のいい子
気配りができる子
親に心配かけない子
母を助けるいい子
周りに愛嬌を振りまくいい子
何でも自分でできる子
ミスコンで優勝した娘
CAになる夢を叶えた娘
仕事でも信頼されている娘
家庭を持って
不自由なく生活している娘
そんな私を
母は偉い偉いと褒めた。
でも
そんないい子の私だから
認めてくれているんだ。
母が喜ぶようなことをしているから
いい子って言われるんだ。
そんないい子の私じゃないと
受け入れてもらえない…
昔からそれを薄々感じてはいた。
自分を殺して
相手に合わせて生きてきたことを
いいことをしている
正しい生き方をしているとさえ
思ってきたのに
どんなに褒められても
心が満たされることはなく
満足感を感じたことはなかった。
そんな生きづらさを見ないように
ずっとごまかしてきたのに
それがいよいよ顕になり始めたのは
結婚し、仕事を辞め
子供を持ってから。
何ががおかしいことに気づき
その答えを求めて
彷徨っているうちに
抑えていた自分の気持ちに気づき始め
それを母に表現するようになってから
私の母に対する苛立ちと
母の私に対する不満が交錯し
私と母の関係は悪化していった。
そして色んなことがあり
今に至るのだけど…
なんだか話が逸れてきたので
ミッションの話に戻そう(笑)
そんなこんなで
母に迷惑はもちろん
心配さえかけたことのなかった私がする
今回のミッション。
きっと心配するだろうな
きっと不安に思うだろうな
そう思いながらも
どこか
きっと大丈夫
そう安心にも似た気持ちを持っていた。
きっと大丈夫
それは
わかってもらえなくても大丈夫
心配かけることになっても大丈夫
どんな結果になっても大丈夫
そんな大丈夫だった。
“自分の気持ちに正直に”
“自分で決めた”
それが大丈夫の
大きな力になっているのだ。
どこかに正しい答えがあると思って
正解を探して
間違わないように
損しないように
ずっとそうやって生きてきた私が
自分を生きることを知り
自分が感じたことに
間違いなんてない
ようやくそう思えるようになり
自分で決める
それができるようになった。
私が私のことをわかってあげる
それは私にとって
人生の転機のきっかけとなった
大きな目覚めであり
今の私の原動力でもあり
いつでもどんな時でも
私に勇気をもたらしてくれるものとなっている。
ミッションは
実家にいる家族が揃った中で遂行した。
事情を知っている
上の弟がいたのが心強かった。
皆 静かに話を聞いた後
いいんじゃない
そう穏やかに声をかけてくれた。
母も
ずっと気になってはいたことだったからか
動揺することなく
受け入れてくれた。
数ヶ月前までは
心配からあれこれ自論を披露し
私の罪悪感を掻き立てた母。
でも昨日は
もうそんなことは言わなかった。
母もこの数ヶ月で
大きく変わったからだと思う。
それはこの間
家に来て話した時に
今までと違うとはっきり感じた。
今年の春
実家が大きな災難に見舞われた。
それが大きなきっかけになり
母も恐る恐るだけど
ようやく自分を大切にし始めたようで
それが今までと違う雰囲気を
醸し出していたんだと思う。
今回は
私の話に横から口を挟むことなく
自論を展開することもなく
静かにそうなんだと受け入れてくれた。
「大丈夫なの?」
「胸を張って堂々と生きなさい」
「今は昔と違うから…」
「あんたが幸せだと思うようにしたらいい」
どの順番でどう言われたか
あまり覚えていないのは
やっぱり私も緊張していたからなんだろう。
不安と仲良しの母なりに
気丈に前向きな言葉を選んで
話してくれていることは
表情を見ればすぐわかる(笑)
心配性で気の小さい母のことだ。
心配や不安はきっとあるだろう。
いや、絶対ある(笑)
だけど
「大丈夫よ、応援する、頑張って」
そう言いながら見せた涙に
娘を想う母の愛を感じて
なんだか嬉しかった。
心配という名の愛情
これ 私も娘にしてきたから
今はそれがわかるしね。
私は強い子
私はしっかりした娘
鉄の心を持った?(笑)
気の強い長女。
母にそう思われてきた。
頑張り屋で
何でもひとりでやってきたし
それができる子だった。
だけどね
母にはそう見えた私も
本当はずっと
不安と共に生きてきたし
弱い所もあるんだよ。
もうそれを出してもいいかなって
ようやく思えるようになったよ。
困った時や大変な時は
自分だけでどうにかするんじゃなく
遠慮なく頼ってみようと思うよ。
人に頼ったり甘えたりすること
母意外の人には
だいぶできるようになってきたけどね。
これからはきっと
母にも頼ったり甘えたりできそうな気がするよ。
帰り際
来春 県外の大学に進学する
孫(長女)の学費を心配し
「必要な時は言いなさい」
そう言ってくれた母。
ありがとう。
これからは
大丈夫じゃない時は
遠慮なくお世話になります(笑)
*.。.:*・゚*.:*・゚
今日は母の70回目の誕生日。
昨日 ケーキでお祝いしたけど
私のミッションが
とんだプレゼントになっちゃったかもしれないな。
いや、でも
これからは頼ろうと思えるようになった
素直な私をプレゼントできたんじゃない?(笑)
勝手にそう思ったりしてるよ。
心理カウンセラー
みっちー


